金枝篇とか

そろそろ月一くらいで更新します。 昔よんだ、誰もよまなそうな本の書評とか。

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初版金枝篇 第二章 魂の危機 第一節 王と司祭のタブー

この節は、古代の王や司祭は様々なタブーに晒されていた可哀そうな人たちでした、って話でした。

概要は大体こんな感じ。

『古代の君主って、ろくなもんじゃぁなかったんだよ。

 例えば自然の成り行きは、
 王や司祭が管理している、管理できるとされいた、
 悪天候とか不作とかの災禍は、王の怠惰や罪とされた。
 こうなると王は鞭打ち・縛め・廃位・死刑にされたりした。

 災禍が王の意志とは無関係って考えられた場合も、
 王と自然は連動した存在で、王は世界のバランスの支柱の先端、
 王や司祭は自然の秩序や世界の存在と連動していて、
 王や司祭のわずかな歪みで均衡が崩れると思われていた。
 王の振る舞いが自然の秩序を乱し転覆される可能性がある、
 王の歪みは、自然・世界の振動。
 そして、王の死は自然界の激動。

 このように世界と連動した王様は、
 儀礼、禁止と戒律に取り囲まれていた。
 戒律を守ることによって、
 自然の調和を乱し王・人々・宇宙を破局に陥れる振る舞いは、
 王・人々・宇宙から遠ざけていた。
 王はあらゆる行動を束縛され、自由を抹消されていた。
 (ローマの神官フラメン・ディリアスにも様々な掟があった。)

 だから王や司祭になることを拒む事例も多く、
 空位となったり、無理やりつかせたする。
 王になっても生気のない人間・隠遁者となる。
 権力は別の者に移り、政治権力と宗教の分離が興った。』

この第二章第一節、タブーに囲まれた王の代表として、日本の「ミカド(ダイリ)」と「将軍」のことが書かれています。内容が気になる人は実際に見てみると面白いとおもう。第二章第一節は15ページくらいしかないし、本屋にあれば立ち読みでも読めると思う。結構「なんだこりゃ?」って内容です。
神無月に神々が集まるのは出雲で、出雲大社といえば大国主の神殿、くらいの情報を知っていれば、結構いいかげんだなー、と思うとおもう。

ただ、日本に関する記述がいい加減でも、金枝篇の他の部分が同じようにいい加減とは限らないはずです。例えばギリシャ・ローマ文化は欧米知識人の必須の教養だから、内容がいい加減なら厳しい指摘を受けたはず。現代ヨーロッパの内容も、あまりいい加減なことは書けなかったはずです。あるいは海外についても、特に植民地化が進んだ地域、例えば17世紀から進出し、1858年に直接統治を始めたインド、あるいは他の大英帝国内の情報も、いい加減なことは書けなかったはずです。

じゃあ日本の情報は....というと、、、、引用元は、1841年にシーボルトが書いたものと、1811年にエンゲルバート?という人が書いた本みたい。どっちも鎖国の真っ最中、黒船来航(1853年)の前に書かれた資料。そもそも情報は、宣教師なり旅行者が送るとか、植民地の調査によって集められたはずで、鎖国してキリスト教も禁止していた日本の情報が少なかったのは仕方ないんでしょう。

日本の情報はいいかげんに見えるけど、これが一番いいかげんだと考えておけばいいとおもう、たぶん。
ヨーロッパの儀式がほんとかどうかも実際は知らないんだけどさ。
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初版金枝篇 第一章第五節 古代の樹木崇拝

第一章のまとめみたいです。

第一章では、最初にヨーロッパ人(インテリイギリス人?)が一般に持っている思い込みを解いて、例えば、

 ・人は超自然の力(奇跡)を持たない <=> 呪術など超自然の力を持つ
 ・政治と宗教は別 <=> 王=司祭=神 なんて事もある

なんて事を説明した上で、

・ネミの森の儀式は古代からヨーロッパに連なる樹木崇拝に基づくもんだよー、たぶん。

っていってる。と思う。


それにしても、んー、なんていうか、フレイザーって、未開人・蛮人とかいう語を使って、文字の読めないヨーロッパの農民を馬鹿にしてる、ように見える。

・野蛮な迷信と野卑なお祭り騒ぎの領域にとどまっている崇拝は、古代文明の全盛時代も現代も、上品な文学作品には記録されない。だから古代の信仰は記録されていない。

なんて事を言ってるよ。


あと、いろんな宗教をごちゃ混ぜにして信仰するってのは、なにも日本人に限ったことじゃないみたいだね。ヨーロッパじゃメイポールとか樹木崇拝やってるらしいし。
そういえば、クリスマスは冬至の祭りで、ハロウィンはケルトの先祖を迎える祭り(日本のお盆みたいなもの)だったっけ。向こうは、表面をキリスト教で隠してるみたいだけど。



以下、五節概略のつもり。

------------------------------

・樹木崇拝はアーリア人共通の信仰。
・古代のギリシャ・ローマ人もヨーロッパ人が最近まで、或いは今でも行ってるのと類似した樹木崇拝を行っていたんじゃないの?

・・・・・・ギリシャ。ローマで、木をご神体として花嫁花婿として結婚させて豊作を祈って、終わった後に木を燃やす事例が続く。ヨーロッパの春の祭り、夏の祭りの類似性を指摘。・・・・・・

・アリキアの司祭職(ネミの森の王)に繋がる!
 アリキアは樹木霊・森の神崇拝
 -女神ディアナの属性は樹木霊・森の神の属性
   木立が聖所
   森の神シルウァヌスと結び付けられる
   樹木霊のように陣痛に苦しむ女性を助ける
   野生動物の保護者
   家畜を守る
   泉・炎は雨を降らし太陽を輝かせる力
・樹木霊はしばしば生きている人間としてあらわされる。
 樹木霊は、
  1.人間が化身で司祭で王
  2.黄金の枝(特殊な姿で現れた木立の神の命)

------------------------------

だってさ。

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金枝篇 第一章第三節 人の姿を取った神々

第三節の内容は、大体こんな感じだと思う。


・蛮人は呪術を信じてる。神も自分も他の人も雨や風などをコントロールする超自然の力があると思ってる。
・神も人間も同じような力を持っているから、神は大して偉くないし、人と神の区別は曖昧。
・未開社会では、人間が『神(神の化身、神に取り付かれる)』だったりする。
・化身には、一時的なものと永続的なものがある。
・永続的な化身は、超自然の力が強い人。(神に取り付かれ続ける、神位に置かれるくらい超自然の力を持った人、という信仰。)
・化身・人間神は、霊的なことだけではなく政治を行う場合もある。王だったり祭司だったり族長の属官だったりする。『王』=『神(の化身)』
・王には神聖で超自然的な力が普通の人よりもより強くあると考えられる。
・神の化身である王は、不作・天候不順のときなどに、殴られ・退位させられ・殺されることもある。
・人に取り付いていた神の霊は、死後、他の人に乗り移ることもある。
・ネミの森の『森の王』 ←普通の意味での王ではなく自然の一部門に関する王。
・自然に関する王として、雨の王・炎の王・水の王の事例はある。森の王については・・・第四節に、つづく。


 この節はたぶん、キリスト教・一世紀以上前の欧米人のインテリ、少なくとも字が読めるくらい教養がある人、が前提の説明なんだと思う。
 まず、唯一絶対神が身近な方々に、そうじゃない神々、身近に神がいる世界をイメージさせようとしてる。それが、逆に日本人には回りくどくてわかりにくく感じると思う。

その一方で、キリスト教徒ならばなんとなく気がつく伏線らしい話が張られていて、例えば、


・一時的に霊感を得る(神を宿す)方法として、特殊な例を紹介している。
 1.生贄の生き血を吸う
 2.聖なる樹木の木の枝や葉を用いる


2.はネミの森の関連だろうからわざわざ紹介する理由がわかるけれども、1.はかなり唐突な感じがする。これは聖餐(聖体の秘跡)(ワインはキリストの血! パンを食べワインを飲むことが神と人間とを仲介し、神の恵みを人間に与える)あたりを匂わせていると思う。あと、イエス・キリストも王といわれる(神権王国の王)んだったかな。

表にローマのネミの森の話を出しながら、裏にキリスト教を匂わせているんでしょう、たぶん。

あと、この節には
呪術→宗教/呪術→科学 (呪術→宗教→科学)
っぽい話も出ています。この辺、フレイザーの薀蓄(文化進化論、だっけ?)として重要らしいです。


・世界を何らかの意識存在の意思・個人的な働きかけが具現化したものと考える。
・そこで自分の無力を知った場合、神は自分にない力を持つ偉大なものとなる。
→供犠・祈祷(司祭が行うもの)は文明化された部分の源泉。
 呪術 迷信深い無知者の逃げ場。呪術は妖術・黒魔術に!
・でも、呪術は因果の連鎖。呪術から個人的な意志と曖昧さと疑惑をとりはらい、原因の連鎖の追究を行うと『科学』になる。つまり『錬金術』は『科学』になる。


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初版金枝篇 第一章 第二節 太古の人間と超自然なるもの

第二節は短いです。書いてあることは、

森の王の「王」ていうのは祭司のことであって、人間神のことだよ、なぜならば・・・・・(例が何十個も続く)・・・・・っていうもの。

あと、
人間神っていうのは成立が二種類あって、ひとつは自分と同じように哀れみや恐怖や希望に訴えることで心動かされそうな媒介者(霊)が人の姿を取ったもの、もうひとつが共感呪術によるもの。共感呪術っていうのは、類似(誰かを殺したいならその人に似せた人形を壊す、とか)と接触(誰かを殺したいならその人からきり離された髪を焼く、とか)・・・・・(例が何十個も続く)・・・・・がある。まあ媒介者か呪術かを厳密に分けることはできないんだけど。
ちなみに呪術は因果論で、物理的因果関係(科学?)にも繋がる。ただ呪術の場合は因果関係が間違ってるんだよー。って事も書かれています。

フレイザーいわく、「蛮人」は、呪術を通して本来コントロールできない風とか雨とか天気をコントロールできると思っていた。特に王はその力が強い、例えば・・・・・・・・・・(例が何十個も続く)・・・・・・・・・・があるそうです。

蛮人にとって、人は媒介者や呪術によって世界をコントロールすることができる、特に王は呪術の力によって世界と強烈に連動してる、というようなことが書かれていました。
王は危険すぎる存在なんだそうです。

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初版 金枝篇 上 第一章 森の王 第一節 アリキアの木立

こんなことを論証するらしいです。

『イタリアのアリキアに、「ディアナの鏡」とよばれる小さな森の湖ネミがあった。そこには聖なる木立と聖所があり、抜き身の剣を手にしてうろつく司祭 - 「森の王」がいた。
 司祭職を志願するものは、現在の司祭を殺すことによってのみ司祭になることができる。そして司祭と戦う権利は、金枝を手にしたもの(折った者)にのみ与えられる。
 逃亡奴隷だけが金枝を折ることが許され、司祭と戦う権利が与えられた。

本書は、
1.なぜ司祭は前任者を殺さなければならないのか。
2.なぜ殺す前に黄金の枝を折り取らなければならないのか。
の問いに答える試みになる。  』


19世紀末の研究には、人類の太古の歴史に関する研究から人間の精神は本質的な類似点があると考えられたそうです。他の場所で同じような慣例を元に、その慣例にいたった動機が導き出せ、それがローマに適用できれば、ネミの森の蛮習も証明できる、とか書いてあります。(実は裏テーマがキリスト教で、キリスト教の慣習も証明しようとしていたらしいんですけどね。)

あと、文中に書かれていたいくつかの事項を調べてみました。

 『アエネイス』(紀元前29-紀元前19年) ウェルギリウス作(紀元前70年 - 紀元前19年) ローマ、というかアルバ・ロンガ市の創建に到るまでを描く叙事詩。おおよ、初代皇帝になるオクタヴィアヌスが活躍していた時代の人。イエス・キリストが生まれる前に死んじゃってるみたいです。

 カリグラ(ガイウス帝)第三代ローマ皇帝。 紀元12年8月31日 - 41年1月24日、在位37年 - 41年 

キリストは、たしか 紀元前 8-2 ~ 紀元 29-36

現代の説ではカリグラが皇帝の時代は、キリストが死んだ直後ですかね。

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で、金枝篇を読み始めてみた。

選んだ本は、ちくま学芸文庫の初版金枝篇。アニメで写ってたのは上下2巻本みたいだったから、たぶん初版本。初版で手に入るのはおそらく岩波文庫かちくま学芸文庫だけど、岩波は昔すこし借りて読んだけど、睡眠薬の代わりにしかならなかった。だから今回は、ちくま文庫に決定。

初版 金枝篇 上 下 
J・G・フレイザー 著 吉川 信 訳
ちくま学芸文庫 2003年
各巻1500円+税

まだ上巻の第二章を読み途中。だけれども、

おーもーしーろーーい。

思ってたよりもなかなかいいです。

詳しい内容は来週以降にするとして。
この本、古代ギリシャ・ローマの話と、現代(というか19世紀)のヨーロッパの話と、世界各地の話をごちゃごちゃに列挙しながら自説を説いていく。このとき、呪術(蛮人・未開人)(→宗教)→科学 って分類をしているんだけど。どうも、ヨーロッパの人々でも、農村部なんかで昔ながらの儀礼を行っているような人たちは蛮人・未開人と同列に扱われてる。しかも初版本にはキリスト教も登場するらしい。

ヨーロッパと他の地域を同列に扱うのはかなり珍しいというか大胆なことだったんじゃないかなー、と思ったけど19世紀末はどうだったんでしょうかね。

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