金枝篇とか

そろそろ月一くらいで更新します。 昔よんだ、誰もよまなそうな本の書評とか。

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初版金枝篇 第三章 第八節 デメテルとプロセルピナ

この節では、デメテルとプロセルピナというギリシアの女神を通して、同じ属性を持つ神が、親と子、二つの神で現される事例を扱っています。「母と娘」。

フレイザーによれば、麦には霊があり、その霊は収穫と共に捕らえられるか逃がされるか殺され、その霊は来年の麦に引き継がれるそうです。今年の収穫としてみる麦の霊は、「麦の母」とか「麦の老婆」などと呼ばれ、来年の種麦として考える麦の霊は「麦の娘」として、麦の霊が毎年引き渡されていきます。この穀物の霊は、「麦の束」と「人」の二つの形で表され、これがちょうど春の祭りで樹木霊が「樹木」と「人」の二つの形で表されていることに対応しているそうです。

でもって、フレイザーは、神話の生成過程において、都市では神話が発達して神の人格化が進むけれども、農村ではその変化についていけない。でも神話は発達し神は人格化してしまうので、以前の神が果たしていた「霊」の位置づけができなくなってしまう。そこで別の神が作られ、あてがわれるそうです。
デメテルとプロセルピナの場合には、デメテルが、悲しんだり喜んだりするような人格的というか神的な神様で、プロセルピナが死んで蘇る穀物霊的な神様なんですね。子供のほうが死んで蘇るんですね。

最後にディアナとウィルビウスの話が、少しとってつけたようにあります。



んー、だれてきたので、7月1日目標で、一回、初版金枝篇の内容をまとめてみます。



プロセルピナはデメテルの娘
夏に死に春に再生する
両方、麦の化身。同じ自然現象を神話的に反復したもの

神話:死者の国の王プルトンが金の馬車に乗って、嫁にするためにプロセルピナをさらった。デメテルが悲しみ探し回ったが見つからなかった。太陽から娘の情報を得て悲しみ作物を実らせなくなったが、

ゼウスがプロセルピナを連れ戻し再び実るようになる。プロセルピナは1年のうち半分(三分の一)を地下世界で、残りを地上ですごす。そのため地上では作物が実る季節と実らない季節がある。

デメテル:クレタ語由来、「大麦の母」

ドイツ:風が波のように麦畑を揺らす:「麦の母がやってきた」
子供が青いヤグルマソウや赤いケシを抜きたがると、「麦の中には麦の母が座っていてお前たちを捕まえるぞ」
「ライ麦の母」「エンドウの母」
ノルウェー、スラヴ人にも同様の風習
「麦の老婆」麦を踏み倒した子供を絞め殺す
リトアニア人「ライ麦畑に麦の老婆が座っている」
麦の老婆は穀物を実らせる

スティリア(オーストリア):最後に刈られた麦束に白衣を着せた女の人形であらわされる
畑を肥沃にするが、農場主に腹を立てると畑を全てからす

麦の母は畑に最後まで残っている一握りの麦穂の中にいる。刈って捕まえるか追放するか殺す。

最後の刈り束を「麦の母」という(収穫の母・大母・婆さん・おばあちゃん・老いた女・老いた男)
最後の刈り束を扱った人(刈った人など)が最後の仮束と同一さ知れる(老いた男、と呼ばれるなど)

最後の刈り束の中の穀物例を表す。

「老いた女」「乙女」「魔女」

ポーランド:最後の刈り束をBaba(老いた女の意味)とよぶ。最後に刈った者、運んだものもBabaとよぶ。刈り束から人形が作られ、「収穫の女」とよばれる。最高齢の刈り手と人形がダンスを踊る。

最後の刈り束が水につけられる事例が多数あり。雨乞い?

ブルガリア:最後の刈り束から作られた人形「麦の女王」「麦の母」

麦の霊:麦を刈る(脱穀する)と麦から逃げ出す
「母」「婆さん」とされる
刈られた最後の穂・穂で作られた人形・穀物霊を、母から切り離された子供とみなす例がある。「へその緒を切った」「私生児」「子供」「収穫の子ども」「麦の赤子」「百姓の赤子」「キヅタの娘(Ivy Girl)」「乙女」「処女」

最後の刈り束・穀物霊を、「花嫁」「燕麦の花嫁」「小麦の花嫁」「燕麦の妻・燕麦の夫」「燕麦の花嫁・燕麦の花婿」

春の風習との類似点
1.春の風習では、樹木霊が一本の樹とひとりの人の二つの形で表される。収穫時の風習では、穀物霊が最後の刈り束と、刈った人または脱穀した人の二つの形で表される。樹木と人、樹木と穀物は、同じ名前で呼ばれる。樹木や穀物と人間の年齢は対応している。
2.穀物や動物や人間を肥沃・多産にする力が樹木霊にも穀物霊にも備わっている

→ 春の風習と収穫の風習は同じ思考様式に基づいている

特徴:
1.儀式を行う特別な階級は無い(司祭階級は存在しない)。儀式は場合に応じ誰でも行うことが可能。
2.儀式を行う特別な場所は無い(寺院・神殿は存在しない)。儀式は場合に応じ何処でも行うことが可能。
3.神々ではなく霊が対象
 a.霊は、活動が特定の部門。名前が一般名詞であり固有名詞ではない。属性が個別的ではなく一般的


 b.神は、活動が特定の部門に限られない。固有名詞を持つ。個々の性格や来歴が神話や美術による表象であらわされる
4.儀式が、宥めの儀式ではなく呪術的儀式(物質的共感もしくは類似)。

→ 現在ヨーロッパの農民の春の風習・収穫の風習は、原始的なもの。

穀物をあらわす人形を翌年の収穫まで保管しておく→1年間穀物霊を生かしておく呪術
ペルーのインカ人:あらゆる有用な植物は聖なる存在によって命を吹き込まれ生長を促される「トウモロコシの母」「カカオの母」など。
「トウモロコシの母」トウモロコシの束。1年間の具合を尋ねられ、1年持たないならば殺され?、次の束を用意される。

他の国の例:ボルネオのダヤク族・ジャワのマレー人

デメテルとプロセルピナ:ギリシャにもかつて、近代ヨーロッパの農民と同様な習慣があり、単純な慣

習や信仰から成長してきたものであろう。
デメテルの原型:収穫期の母
プロセルピナの原型:収穫期の乙女
(奇特が都市で残されたため、農村の慣習や儀礼は残らなかったのではないか。稀に記録に残ることもある。)

穀物霊を「母」と「娘」の両方で表現
 → デメテルとプロセルピナ(麦の二重の人格化)
デメテル:その年の熟した麦
プロセルピナ:そこからとられた種麦
冥界に下る→種まきの神秘的表現
春に再来→若い芽が生えてくる神話的表現
神話生成過程で、1年生きて後継者を生む存在が規則的に継承される
→ 一方は毎年消えて毎年生成する。もう一方は悲しむか喜ぶか(だけ)の役割に変化

穀物霊
a.穀物に内在する(穀物=穀物霊)。近代ヨーロッパの農民は主に内在
b.穀物に外在する(穀物を通り抜ける・恨みを抱いた相手の穀物を刈らす場合)ギリシャ神話はどちらかというと外在
  →外在する穀物霊は、後に神になるもと。神人同系同性論(アンスロフォモーフィズム)
  野蛮状態から抜け出す→霊(神)の擬人化が進む→霊(神)が自然物から離れていく→自然物内の

生命(霊)が抜ける→別の霊が生成され、新しい心的存在の生成。(古い霊と新しい霊)。
「古い霊が新しい霊を生んだ」として整合性を保つ
神の二重化の推測

オシリスとイシスも二重化
ディアナ(古い樹木霊)、ウィルビウス(新しい樹木霊)ではないか
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初版金枝篇 第三章 第七節 ディオニュソス

……一応、僕の書いてる金枝篇カテゴリは、エウレカセブンってアニメ見て金枝篇に興味持った人が見てくれることを考えて書いてます、内容ほとんど関係ないんだけど、一応。

この説では、ギリシアの樹木神・ブドウの木の神であるディオニュソスを通して、神の『受難と死』、『復活』『魂の不死』を描いています。そしてまた、儀式において神を殺し、神の肉をたべ、神の血を飲む事を書いています。こういう文化が、キリスト生誕以前からギリシャ・東地中海にあったんだそうです。

また、神に捧げられる(神が食べる)生贄は神そのもの、なんて事も書いてあります。なんとなく、最近話題のユダの福音書を髣髴とさせる 第三章 第七節でした。




ギリシアの神 ディオニュソス(バッコス)
ブドウの木の神・樹木一般の神・栽培された樹木の守護者・樹木の育成を祈祷される・すべての果樹を発見したもの。・自ら農作業を行う

ギリシア人は「木であるデュオニュソス」に生贄を捧げた
信者は主に農夫。果樹園の農夫は木の切り株をデュオニュソスとして果樹園の中におく。

「木の中のデュオニュソス」
ディオニュソスを表す木:直立した柱/腕はない/マントに覆われている/髭を生やした顔/頭部もしくは胴から葉の茂る枝を突き出す

ディオニュソスを形容する言葉
「実り多き」もの、「緑の果実の男」、「果実を育てる」「豊富な」「迸る・ほころびる」「花咲き誇るディオニュソス」

リンゴとイチジクに言及が多い
ブドウの木・松の木が献じられる。
ツギタ・イチジクと関係が深い
デルフォイの信託はコリントス人に松の木を神と同等に扱うように求める
アッティカのアルカイナ 「ディオニュソスのツギタ」
ラケダイモン(スパルタ)「イチジクのディオニュソス」
など

非業の死・再び蘇った。受難と死と復活
クレタ王ユピテル(ゼウス)の庶子。
ユピテルが旅に出る際に幼くして王座と笏を渡され、護衛の手に預けた。
妻ユノ(ヘラ)が護衛を買収し、ユノの従者ティターン族のいる場所に誘い出し、ティターン族はディオニュソスの四肢をばらばらにして遺体を薬草に煮込んで食べた。
この行いに加担していた姉ミネルヴァ(アテナ)は心臓を持ち出し帰還したユピテルに全容を打ち明けた。
ユピテルはティタン族を拷問にかけて処刑。
悲しみを沈めるために像を作りその中に心臓を収めディオニュソスを祭る神殿を建てた。
ディオニュソスの血からザクロが生えた
切断された四肢はアポロンがつなぎあわせパルナッソス山に埋葬した神話もある。

別の物語
デメテルの息子。デメテルが切り刻まれた体を継ぎ合わせ若者の姿に戻した。
埋葬後蘇り天に昇った。
致命傷を受け横たわっているところをゼウスが引き上げた
ゼウスがディオニュソスの心臓を飲み込み、今一度セメレによって新たに生み出した。
(セメレは、一般の伝説ではディオニュソスの母)

儀式
クレタで二年に一回。
ディオニュソスの『受難と死』が詳細に再現
復活が神話の一部となっている地域では復活も儀式において再現された。
『復活・不死』に関する教義が崇拝者たちに熱心に教え込まれた
プルタルコス-娘の死に際しディオニュソスの密議の中の『魂の不死』という考えで妻を慰める手紙
ディオニュソスは母セメレを連れ戻すためハデスの元に下る

アルゴス地方-アルキュオネの湖(下界)からの帰還を祝う。ラッパを吹いてディオニュソスを呼び出し、子羊を湖に投げ込んで死者たちの番人への捧げ物とする

リュディア人
春にディオニュソスの到来を祝った。ディオニュソスの到来=春の到来

植物神 一定期間を下界で過ごす 下界(死者の世界)の神々とみなされる


ディオニュソス:去勢されていない牡牛・牡牛の角を生やした姿であらわされる
ディオニュソスの祭祀の普遍の特徴 - 生きた牡牛と子牛を裂きむさぼり食う
 ディオニュソスの崇拝者は、儀式において以下のように考えていたはず
   神を殺し、神の肉をたべ、神の血を飲む。
ディオニュソス:山羊(子山羊・Kid)
※神を動物として殺す習慣

時代が下ると、神の動物的/植物的外皮がはがされ人間属性だけとどめる
→動植物は、あいまいで理解されがたいつながりを残す
→説明するための物語が捻出される
  動物が惜しまれる←神への奉仕
  動物が殺される←神への危害
ディオニュソスにたいして山羊を生贄にささげる←山羊はブドウの木に危害を加えた

神が特定の動物を食すると語られる場合、この動物は神自身にほかならない
(ディオニュソスの生贄は人間の場合もあった、人間ではなかったかもしれないが)

なぜ、植物神が動物で語られるか → 次節に続く

テーマ:交響詩篇 エウレカセブン - ジャンル:アニメ・コミック

初版金枝篇 第三章 第六節 オシリス

エジプトのオシリスは複数の神の特徴を持つし太陽神説が有力だけど、アドニスやアッティスと同じ種類の神(植物の神。死と再生の神)とするのが適切、とのことです。

以下の点が、新たに書かれたポイント。

・神話には後から哲学的解釈が追加されているから注意。
・ひとつの神が、時代を追うと複数の性格を持つことがる。中央の王は神々を統一しようとする事があり、地方の宗教的権力者は、中央と統合されつつも既得権保護のため伝統を残そうとすからだ。
・オシリス・アドニス・ディオニソスは同じ性質・似た儀式を持つためか、古代から、地域が違っても同一視されていた記録(証拠)がある。

今回の、キリスト教と関係あるっぽいところ。
オシリスは麦であらわされる(麦をたべる---神の肉体を食べる?)
オシリスはブドウの神でもあるんですね。(葡萄酒を飲む?)
ヨーロッパのメイポールに相当する柱が十字型だったりする。柱の中に神像を入れたりもする。



古代エジプトの大神オシリス。神々の長。一般には、冥界の王。
様々な神の属性を取り込んでいる。そのため性格や儀式は異質な要素の複合体。
オシリス神(を構成した神のうちのひとつ)は、アドニスやアッティスに類似した植物の化身である神と考えられる。死と復活が毎年祝われる。

オシリスの神話
・大地の神ケブの息子。
・食人種であったエジプト人を野蛮な状態から救い、法を授け、神々を崇拝することを教えた。
・妻は妹であるイシス。
・イシスが大麦と小麦を発見し、オシリスが麦の耕作を教え、人々が食人の風習をやめ麦を食するようになった。
・オシリスは世界中を旅し文明を広めた。
・旅から戻ると弟のセト(テュフォン)に棺に入れられ、棺を釘で打たれ鉛ではんだ付けされ、ナイル川に流され海まで流れた。
・イシスは遺体を喪に服し遺体を捜しシリア沿岸のビュブロスで棺を発見。棺は一本のエリカの木の幹の中に包み込まれていた。
・ビュブロスの王はこの木の見事な成長をたたえ切って王宮の柱にした。
・イシスはビュブロスの王に木の幹を切り開く許可を得て棺を取り出し持ち帰る。
・帰る途中、息子のホルスを訪ねる際に棺を置き去りにした。
・満月の明かりでイノシシ狩りをしていたテュフォン(セト)が棺を見つけた。
  説1.その後セトはオシリスの遺体と知り14に切り分けて各地にばら撒く。イシスはパピルスでできた船を帆走していた各地の沼地から遺体の断片を捜し、みつけるたびに埋葬した。このためエジプト各地にオシリスの墓があった。
  説2.イシスは、各地でオシリスが崇拝されるように、またテュフォン(セト)が死体を発見できなくするために、各地にオシリスの像を残し、像が遺体であると思わせようとした。
・息子ホルスはテュフォン(セト)との戦いに勝ちテュフォンを縛り上げたがテュフォンを渡されたイシスがテュフォンを解き放った。ホルスはこれに怒りイシスから王冠を取り上げた。しかしヘルメスがイシスに王冠の代わりに牛の頭の形をした兜を与えた。
・テュフォンはその後二つの先頭で敗北。ホルスの分断。イシスの斬首。
残っている記録は、プルタルコスとかギリシャ人のものらしい。

オシリスの死と埋葬が祝われる毎年の儀式はほとんど伝わっていない。
・アティルの月の第八日から第十二日までの五日間、弔いの儀式が続いた。
・儀式は「大地の耕し」から始まった。(ナイル川の水位が下がり始めたときに畑仕事が始まった)
・切り刻まれたオシリスの遺体の探索・発見の喜び
(三日目、棺が海まで運ばれる。棺の中には、飲み水が注がれた黄金の小箱がある。オシリスが発見されたという叫び声があがる。腐植土が水に混ぜあわされ、三日月型の像が作られる。これにローブを着せ装飾を施す。)
・厳かな埋葬(十一月十一日に行われた)。典礼書(近代発見された記録では、イシスとネフティスが発した言葉)から哀歌が朗誦された
・翌日はソカリス祭り。喜びに満ちた祭り。(メンフィスではオシリスはソカリスと呼ばれた。ソカリスは鷹の頭を持ち、夜の太陽と呼ばれる太陽神。神殿の周りを祭司達が厳かに行進)
・十一月十六日、すべての祭りはタトゥ(タート・デッド)の柱の設立で終わる。この柱は、頂上に横木を十字型に取り付けた円柱。この柱は帆桁(柱頭)のようなもの。テーベでは、王自身が家族や祭司とともに柱を支えている網を引く。後期エジプト神学では「オシリスの背骨」と解釈される。

祭りの、アドニス・アッティスの儀式との類似。
・早い死
・愛する女神による弔い
・崇拝者による毎年の祭り
オシリスの植物神としての性質
・人間に最初に麦を伝えた
・祭りが大地の耕しから始まる
・ブドウの栽培を教えた
・オシリスの遺体が麦の茎で表されている。(フィエラ(アスワンダムの北にある川の中の島)ではイシスの大神殿のオシリスのための部屋の壁画。
・遺体が切り刻まれ撒かれた→種まき?籾殻のふるいわけ?(オシリスの切断された四肢を麦のふるいの上におかれた)この伝説はヨーロッパの死神像と同じ生贄の名残?
  赤毛の男を焼き、その灰を唐箕で仰いで撒き散らしたという記録あり。(生贄の牛も赤毛。穀物の霊をあらわすのにふさわしいのは赤だった?)

樹木霊としての性格(穀物霊は、古くは樹木霊が敷衍されたもの)
・松の木を切り倒し中心をくりぬき、くりぬいた木材でオシリス像を作り木に埋め戻す。(遺体がエリカの木に包まれて発見されたことの再現?)
・柱が立てられる
・オシリスはエジプトイチジクとタマリスク・アカシアの木の中に住む(碑文あり)
・オシリスは一本の木もしくは複数の植物に覆われたミイラであらわされる
・オシリスの崇拝者は果樹を傷つけてはならない・井戸を塞ぐことが許されない

イシスの本来の意味は確定困難。穀物の女神と見ることができるはできる。
・大麦小麦の発見はイシスに帰せられる
・イシスの祭りでは穀物が行列をなして運ばれる
・収穫期には、最初に刈った雑草を下に置き、自らの胸をたたきイシスの名を呼びながら哀悼した。
・イシスの形容辞「緑の作物の創造主」「緑なるもの、その色は大地の緑のごとし」「パンの女支配者」。麦畑自体が人格化されている。「ソキト」「ソケト」(コプト語の畑)。ギリシアのエピグラムでは、「大地の実りを生んだ女」「麦穂の母」。賛歌では「肥えた耕地の小麦溢れる道の世話を託されたもの」

イシスは太陽神とされたが間違いだ
・ディオドロスの言はエジプトの宗教の起源に関する哲学的な回答。後世に作成されたと考える。
・マクロビウスは、ほとんどの神を太陽起源とした。しかしオシリスが太陽神である根拠は示していない。
・プルタルコスは、太陽神説に言及しているがこの説を認めていない。
・オシリスは太陽神ラーと同一視された。しかし、王が神々の統合を進め、地方の宗教的権力者が既得権保持のために古い神を残そうとしたであろう中、地方神は名前が異なるが同じ神とされた。水の神すら太陽神とされた。オシリスと太陽神ラーが同一視されたからといって、オシリス本来の性質が太陽神とはいえない。(アメンヘテップ四世が太陽神ラーのみを神とし、他の神々を記念碑から消した。)
・ティーレ「オシリスは太陽にたとえられている。」←喩えられるのは実際には太陽ではないため。むしろ太陽神ではない証拠である。「粗雑な顔が太陽をあらわす」←粗雑な顔自体が太陽である証拠にはならない。
・年に一度の死と復活の祭りが太陽をあらわす ← 年に一回なら穀物のほうが比喩としてふさわしい。毎日の出来事を毎年の祭りで扱うより、毎年の出来事を毎年の祭りで扱うほうがふさわしい。

オシリス・アドニス・アッティス・ディオニソス・デメテルは同じタイプの宗教。儀式は植物の死と再生の擬態。
・ビュプロスのアドニスの儀式を、オシリスの儀式と主張するビュプロスの人がいた
・ヘロドトスは、オシリスとディオニソスの儀式が著しくにているため、ディオニソスの儀式が単独で発生したのではない、エジプトから借り受けたと主張。
・プルタルコスは、オシリスの儀式とディオニソスの儀式の詳細な類似を力説

注釈によると、オシリスはどちらかというと太陽神というより月の神。

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初版金枝篇 第三章 第五節 アッティス

アッティスはフリギュアの神様。植物神(松の神様)で、伝説も儀式もシリアのアドニスと似ていて、古代人も同一視したそうです。概要おしまい。

日本語版の Wikipedia にもアッティスの説明が載っているので参考にしてください。

ちなみにフリュギアっていうのは今のトルコで、ここらへんらしい。
イスタンブール(コンスタンティノープル)とクレタ島とキプロスを結んだ三角形の、真ん中、やや北くらい。
Google MAP だと、だいたい、この辺です。

それと、アッティスは処女から生まれたそうです。アッティスの祭りはローマでも行われていたそうです。ローマでも、コンスタンティノープルの近くでも、キリスト教以前から「神の死と復活」と「処女懐胎」があった、とのことなんでしょう。そうすると、神の像などを水に浸す「雨乞いの儀式」は "洗礼" だろうなぁ。像が木に取り付けられるのが磔、は行きすぎかな。



アッティス
・フリギュアの神。植物神であったと思われる。
・春の祭りで毎年死が弔われ、復活が祝われた。
・女神キュベレに愛された。
・死因は二説あり。
  1.イノシシに殺された。(崇拝者が豚を食べない理由?)
  2.松の木の下で手足を切断されて出血多量で死んだ。(野蛮で残酷!)
・毎年の祭りの内容は、たぶん、以下のような内容。
  1日目(3月22日)、春分の日に森の松の木が一本切られ、キュベレの聖所に運ばれる。木は神として扱われる。
  木は羊毛の帯とスミレの花で飾られる。スミレはアッティスの血から生えたと言われる花。
  若者の像がこの木の中央に付けられる。
  翌日(二日目)、ラッパを吹く。
  三日目。血の日。大司祭が両腕から血をとり、この血を供え物とする。(この日に弔い?)像は厳かに葬られた。
  四日目。喜びの祭り「ヒラリア祭」(キュベレを祭った、大地の生命の再生を祝う祭り。あっち巣の再生もおそらく祝われた。)女神を水浴させる。(ローマのヒラリア祭では、3月27日の、アルモの小川へ行列を作り、虚勢牛の荷車、女神の像、その他神聖な品々に水を浴びせる。水辺から戻ると、、牛や荷車に花々を振りかけた。)
・アッティスは処女から生まれた。処女の胸に熟したアーモンドかざくろの実を入れることで、その処女は身ごもった。
・ヨーロッパ近代の祭りとの類似
  松の木を飾る - メイポール・夏の木
  松の木と像 - 人と木の二重の表象
  スミレと像が木に結び付けられる - 死神像のシャツを木にぶら下げ植物霊の復活を表現
  像は1年間保管し、その後燃やされる。 - メイポールと同じ
・像を一年間保管し新たな像に換える - 植物霊の強壮な生命を維持する
・キュベレの水浴 - 雨乞いの呪術
・アッティスの形容辞「よく実を結ぶ」「刈り取られた緑の麦穂」- 穀物に対するたとえ
・受難と復活 穀物と同じ
・アッティス信者は野菜の種を食べない - 神への冒涜?
・キュベレの大司祭は、「アッティス」と呼ばれる。(ペッシヌスとローマ両方の地で)
 大司祭はアッティスの表象。司祭の両腕から血をとる儀式はアッティスの死の模倣。
 神聖な存在の表象は人から像へ。その後燃やされる。

祭司殺しの擬態は、太古、実際に人間を生贄にした代用だろう。
祭司はかつて君主だった「聖なる王」だろう。
アッティスの代理は、北ヨーロッパの「野人」や「王」、イタリアのネミの司祭に相当

テーマ:交響詩篇 エウレカセブン - ジャンル:アニメ・コミック

アニメの中での引用に問題があるんでしょうかね。③

引用・サンプリングにあふれたエウレカセブンが、決して「サンプリングいいじゃん盗用バンザイ!」って謳っているわけではない、むしろ主人公のレントンと敵役のデューイを通して、本物(本当の英雄)とマガイモノ(の王)について描いているところが面白いところです。
 数多くの引用は、「本物・マガイモノ」とは何かを考えさせる小道具として扱われているように見えます。

敵役の、デューイ大佐は、「本物・マガイモノ」にこだわった、本当の王になることにこだわった。金枝篇を参考に、賢人、あるいは"指令クラスタ"を殺した、「王殺し」を実施した。あるいは「自分の運命と世界の運命を連動させる」(過去のエントリ"http://it73.blog37.fc2.com/blog-entry-25.html"を参照していただければ幸いです)よう、自分が死んだら世界も滅びるようにした。結局は自ら身を滅ぼして終わる。罪の意識・自戒の念にとらわれながら、誰かが書いた筋書きを無理やり真似て自らを死に追いやった。これじゃあ、「大変ハタ迷惑な人だったけど、彼の人生なんだったんでしょうね。」で終わってしまう、悲しい結末です。

それに対する主人公レントンは、旅の途中で「人に言われたことをそのまま信じている」自分に気がつき、自分がやりたいこと、自分が選んだことを自覚し、実行する力を身につけていった。最終的にはその生き様を "本当の英雄" になったらしいけど、別にレントン自身は英雄になろうとしたわけでも王になろうとしたわけでもなかった。

自ら飛んで、自ら道を切り開いたレントンは英雄。
それをマネすることは悪いことじゃない、罪の意識とかで生きることに窮して、何かをなぞることが目的となっちゃう人生は悲しいことだ。

このアニメの哲学っていうのはこんなところにあったのかな、フィロソフィー・フィクションだったそうだけど。って、なんとなく思いました。なんて事をブログに書くのはいろいろ野暮なのかもしれませんが。

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初版金枝篇 第三章 第四節 アドニス

三章の四節以降は、実際に様々な神様の事例を見ていくようです。
第四節は、アネモネの説明、じゃなくって(アネモネの説明もあるけど)、樹木をつかさどる神様の死と復活の儀式の話の第一弾。
最初に登場するのは、シリアの神様、アドニス神です。
この神様、シリアの神様って事になっているけど、ギリシャ・シチリア・サルディニアにまで広がっているそうです。

アドニス神に関する儀礼は、ヨーロッパの樹木崇拝と以下のあたりが共通、だから実質同じ、とのことでした。

 1.樹木に関連した神が死ぬ
 2.復活する
 3.水に流される
 4.植物と人間、両方であらわされる。
 5.火で燃やされる・火を跨ぐ

アドニス神の儀式はシチリア島やサルディニア島にも残っており、シチリアの儀式は、キリスト教と習合して残っているそうです。

概要おしまい。



赤いアネモネはアドニスの血から生えだしたんだそうです。原典はオウィディウス…アウグストゥス時代のローマの詩人…の変身物語、だそうです。
 アネモネ(anemone)← Naaman(愛しい人"darling"・アドニスの形容辞)からきているらしく、アラブ人は今でもアネモネを「ナアマンの傷」と呼ぶ、らしいです。"今"っていうのは1890年ごろ。

呪術の説明が少し載ってました。
共感呪術:未開人が、自分たちが生み出したいと望んでいる効果を、表現ないし模倣することによって実際にそれを生み出せると考える呪術。


以下、まとめ。テキトーです。



植物の衰退と再生を儀式によって表現。植物の死と復活は、エジプトと西アジアで、儀式的に、広範囲に祝われた。これは現代ヨーロッパの春と夏至の風習と等価。

・エジプト人-オシリス
・シリア人-アドニス
・バビロン人-タンムズ
・フリュギア人-アッティス
・ギリシア人-ディオニソス

この説ではアドニスを扱う。

アドニス崇拝-シリアのセム系の民族によって行われる。紀元前5世紀、ギリシャ人に模倣される。

アドニス-フェニキア語の"主(lord)"をあらわすAdonから来た名。美しい若者。アシュタルテ(アフロディテ)から愛された。青春の盛りにイノシシによって殺された。

アドニスの死の儀式(場所により、やり方、行われる季節が異なる)
・毎年おこなわれる。主に女性たちにより号泣で哀悼される。
・アドニスの像が死体に見えるように衣服を着せられ、葬列に運ばれ海か泉に投げ入れられる。
・いくつかの地域では、翌日、アドニスの復活が祝われる。
・アレクサンドリアでは、アドニスとアフロディテの像が寝椅子に並べられ、熟した果実・菓子・植木鉢の植物、セリ科の植物で編まれた緑色の東屋。結婚を祝う儀式が終わると喪服を着た女性に運ばれ海に流す。ビュブロスでは、毎年、アドニス川の赤色の変色によって行われる(季節は、春らしい)。赤色はアドニスの血の色。翌日は蘇り、崇拝者たちがいるところで天に昇ると考えられた。

※アドニスの血から赤いアネモネ生えだした(8)
 アネモネ(anemone)← おそらくNaaman(愛しい人"darling"・アドニスの形容辞)からきている。
 アラブ人はアネモネを「ナアマンの傷」と呼ぶ

インドとヨーロッパの儀式に似ている。共通の解釈ができると推測できる。
没薬の木から生まれたとされる(植物とのかかわり)。下界で半年(または三分の一)すごし、残りは上界で過ごした(麦をあらわす?)。植物神と考えられる。
半年上界・半年下界を太陽の死と復活とする仮説があるが、おかしい。毎日姿を現す太陽と対応しない。太陽は弱ったとしても死なない。植物の衰退と再生のほうが適切。類似した発想も広範囲で得られる。

「アドニスの園」:
 土を入れた籠もしくは鍋。この中に小麦・大麦・レタス・ウイキョウ・その他様々な種類の花の種を撒き、8日間主として女性が育てた。太陽の光によってすぐに芽を出すが、根が伸びないためすぐに枯れる。8日目に死んだアドニスの像とともに海か泉に投げ込まれた。
アテナイでは夏至に行われた。

植物の成長と再生・雨の供給を促すための共感呪術。
植物神を、植物(園)と人間(像)であらわす。急激な植物の成長で霊の活動を促し、水浸しにする・水を浴びせることで雨乞い。-ヨーロッパの祭りと同じ。

サルデーニァでは今でも夏至の日(聖ヨハネの名を抱く日)の関連でアドニスの園が植えられる。

火との関連 火で焼かれる・篝火を飛び超える

シチリアの女たちは復活祭が近づくと、小麦とヒラマメとカナリアサードの実を皿に入れ暗所におき一日おきに水をやる茎は赤いリボンでまとめられ、それらをのせた皿は、聖金曜日にカトリック教会やギリシャ正教会が作った地下埋葬所の、死んだキリストの像とともに安置される。


共感呪術:未開人が、自分たちが生み出したいと望んでいる効果を、表現ないし模倣することによって実際にそれを生み出せると考える呪術。

テーマ:交響詩篇 エウレカセブン - ジャンル:アニメ・コミック

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