金枝篇とか

そろそろ月一くらいで更新します。 昔よんだ、誰もよまなそうな本の書評とか。

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金枝篇 第一章第三節 人の姿を取った神々

第三節の内容は、大体こんな感じだと思う。


・蛮人は呪術を信じてる。神も自分も他の人も雨や風などをコントロールする超自然の力があると思ってる。
・神も人間も同じような力を持っているから、神は大して偉くないし、人と神の区別は曖昧。
・未開社会では、人間が『神(神の化身、神に取り付かれる)』だったりする。
・化身には、一時的なものと永続的なものがある。
・永続的な化身は、超自然の力が強い人。(神に取り付かれ続ける、神位に置かれるくらい超自然の力を持った人、という信仰。)
・化身・人間神は、霊的なことだけではなく政治を行う場合もある。王だったり祭司だったり族長の属官だったりする。『王』=『神(の化身)』
・王には神聖で超自然的な力が普通の人よりもより強くあると考えられる。
・神の化身である王は、不作・天候不順のときなどに、殴られ・退位させられ・殺されることもある。
・人に取り付いていた神の霊は、死後、他の人に乗り移ることもある。
・ネミの森の『森の王』 ←普通の意味での王ではなく自然の一部門に関する王。
・自然に関する王として、雨の王・炎の王・水の王の事例はある。森の王については・・・第四節に、つづく。


 この節はたぶん、キリスト教・一世紀以上前の欧米人のインテリ、少なくとも字が読めるくらい教養がある人、が前提の説明なんだと思う。
 まず、唯一絶対神が身近な方々に、そうじゃない神々、身近に神がいる世界をイメージさせようとしてる。それが、逆に日本人には回りくどくてわかりにくく感じると思う。

その一方で、キリスト教徒ならばなんとなく気がつく伏線らしい話が張られていて、例えば、


・一時的に霊感を得る(神を宿す)方法として、特殊な例を紹介している。
 1.生贄の生き血を吸う
 2.聖なる樹木の木の枝や葉を用いる


2.はネミの森の関連だろうからわざわざ紹介する理由がわかるけれども、1.はかなり唐突な感じがする。これは聖餐(聖体の秘跡)(ワインはキリストの血! パンを食べワインを飲むことが神と人間とを仲介し、神の恵みを人間に与える)あたりを匂わせていると思う。あと、イエス・キリストも王といわれる(神権王国の王)んだったかな。

表にローマのネミの森の話を出しながら、裏にキリスト教を匂わせているんでしょう、たぶん。

あと、この節には
呪術→宗教/呪術→科学 (呪術→宗教→科学)
っぽい話も出ています。この辺、フレイザーの薀蓄(文化進化論、だっけ?)として重要らしいです。


・世界を何らかの意識存在の意思・個人的な働きかけが具現化したものと考える。
・そこで自分の無力を知った場合、神は自分にない力を持つ偉大なものとなる。
→供犠・祈祷(司祭が行うもの)は文明化された部分の源泉。
 呪術 迷信深い無知者の逃げ場。呪術は妖術・黒魔術に!
・でも、呪術は因果の連鎖。呪術から個人的な意志と曖昧さと疑惑をとりはらい、原因の連鎖の追究を行うと『科学』になる。つまり『錬金術』は『科学』になる。


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