金枝篇とか

そろそろ月一くらいで更新します。 昔よんだ、誰もよまなそうな本の書評とか。

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初版金枝篇 第三章 第八節 デメテルとプロセルピナ

この節では、デメテルとプロセルピナというギリシアの女神を通して、同じ属性を持つ神が、親と子、二つの神で現される事例を扱っています。「母と娘」。

フレイザーによれば、麦には霊があり、その霊は収穫と共に捕らえられるか逃がされるか殺され、その霊は来年の麦に引き継がれるそうです。今年の収穫としてみる麦の霊は、「麦の母」とか「麦の老婆」などと呼ばれ、来年の種麦として考える麦の霊は「麦の娘」として、麦の霊が毎年引き渡されていきます。この穀物の霊は、「麦の束」と「人」の二つの形で表され、これがちょうど春の祭りで樹木霊が「樹木」と「人」の二つの形で表されていることに対応しているそうです。

でもって、フレイザーは、神話の生成過程において、都市では神話が発達して神の人格化が進むけれども、農村ではその変化についていけない。でも神話は発達し神は人格化してしまうので、以前の神が果たしていた「霊」の位置づけができなくなってしまう。そこで別の神が作られ、あてがわれるそうです。
デメテルとプロセルピナの場合には、デメテルが、悲しんだり喜んだりするような人格的というか神的な神様で、プロセルピナが死んで蘇る穀物霊的な神様なんですね。子供のほうが死んで蘇るんですね。

最後にディアナとウィルビウスの話が、少しとってつけたようにあります。



んー、だれてきたので、7月1日目標で、一回、初版金枝篇の内容をまとめてみます。



プロセルピナはデメテルの娘
夏に死に春に再生する
両方、麦の化身。同じ自然現象を神話的に反復したもの

神話:死者の国の王プルトンが金の馬車に乗って、嫁にするためにプロセルピナをさらった。デメテルが悲しみ探し回ったが見つからなかった。太陽から娘の情報を得て悲しみ作物を実らせなくなったが、

ゼウスがプロセルピナを連れ戻し再び実るようになる。プロセルピナは1年のうち半分(三分の一)を地下世界で、残りを地上ですごす。そのため地上では作物が実る季節と実らない季節がある。

デメテル:クレタ語由来、「大麦の母」

ドイツ:風が波のように麦畑を揺らす:「麦の母がやってきた」
子供が青いヤグルマソウや赤いケシを抜きたがると、「麦の中には麦の母が座っていてお前たちを捕まえるぞ」
「ライ麦の母」「エンドウの母」
ノルウェー、スラヴ人にも同様の風習
「麦の老婆」麦を踏み倒した子供を絞め殺す
リトアニア人「ライ麦畑に麦の老婆が座っている」
麦の老婆は穀物を実らせる

スティリア(オーストリア):最後に刈られた麦束に白衣を着せた女の人形であらわされる
畑を肥沃にするが、農場主に腹を立てると畑を全てからす

麦の母は畑に最後まで残っている一握りの麦穂の中にいる。刈って捕まえるか追放するか殺す。

最後の刈り束を「麦の母」という(収穫の母・大母・婆さん・おばあちゃん・老いた女・老いた男)
最後の刈り束を扱った人(刈った人など)が最後の仮束と同一さ知れる(老いた男、と呼ばれるなど)

最後の刈り束の中の穀物例を表す。

「老いた女」「乙女」「魔女」

ポーランド:最後の刈り束をBaba(老いた女の意味)とよぶ。最後に刈った者、運んだものもBabaとよぶ。刈り束から人形が作られ、「収穫の女」とよばれる。最高齢の刈り手と人形がダンスを踊る。

最後の刈り束が水につけられる事例が多数あり。雨乞い?

ブルガリア:最後の刈り束から作られた人形「麦の女王」「麦の母」

麦の霊:麦を刈る(脱穀する)と麦から逃げ出す
「母」「婆さん」とされる
刈られた最後の穂・穂で作られた人形・穀物霊を、母から切り離された子供とみなす例がある。「へその緒を切った」「私生児」「子供」「収穫の子ども」「麦の赤子」「百姓の赤子」「キヅタの娘(Ivy Girl)」「乙女」「処女」

最後の刈り束・穀物霊を、「花嫁」「燕麦の花嫁」「小麦の花嫁」「燕麦の妻・燕麦の夫」「燕麦の花嫁・燕麦の花婿」

春の風習との類似点
1.春の風習では、樹木霊が一本の樹とひとりの人の二つの形で表される。収穫時の風習では、穀物霊が最後の刈り束と、刈った人または脱穀した人の二つの形で表される。樹木と人、樹木と穀物は、同じ名前で呼ばれる。樹木や穀物と人間の年齢は対応している。
2.穀物や動物や人間を肥沃・多産にする力が樹木霊にも穀物霊にも備わっている

→ 春の風習と収穫の風習は同じ思考様式に基づいている

特徴:
1.儀式を行う特別な階級は無い(司祭階級は存在しない)。儀式は場合に応じ誰でも行うことが可能。
2.儀式を行う特別な場所は無い(寺院・神殿は存在しない)。儀式は場合に応じ何処でも行うことが可能。
3.神々ではなく霊が対象
 a.霊は、活動が特定の部門。名前が一般名詞であり固有名詞ではない。属性が個別的ではなく一般的


 b.神は、活動が特定の部門に限られない。固有名詞を持つ。個々の性格や来歴が神話や美術による表象であらわされる
4.儀式が、宥めの儀式ではなく呪術的儀式(物質的共感もしくは類似)。

→ 現在ヨーロッパの農民の春の風習・収穫の風習は、原始的なもの。

穀物をあらわす人形を翌年の収穫まで保管しておく→1年間穀物霊を生かしておく呪術
ペルーのインカ人:あらゆる有用な植物は聖なる存在によって命を吹き込まれ生長を促される「トウモロコシの母」「カカオの母」など。
「トウモロコシの母」トウモロコシの束。1年間の具合を尋ねられ、1年持たないならば殺され?、次の束を用意される。

他の国の例:ボルネオのダヤク族・ジャワのマレー人

デメテルとプロセルピナ:ギリシャにもかつて、近代ヨーロッパの農民と同様な習慣があり、単純な慣

習や信仰から成長してきたものであろう。
デメテルの原型:収穫期の母
プロセルピナの原型:収穫期の乙女
(奇特が都市で残されたため、農村の慣習や儀礼は残らなかったのではないか。稀に記録に残ることもある。)

穀物霊を「母」と「娘」の両方で表現
 → デメテルとプロセルピナ(麦の二重の人格化)
デメテル:その年の熟した麦
プロセルピナ:そこからとられた種麦
冥界に下る→種まきの神秘的表現
春に再来→若い芽が生えてくる神話的表現
神話生成過程で、1年生きて後継者を生む存在が規則的に継承される
→ 一方は毎年消えて毎年生成する。もう一方は悲しむか喜ぶか(だけ)の役割に変化

穀物霊
a.穀物に内在する(穀物=穀物霊)。近代ヨーロッパの農民は主に内在
b.穀物に外在する(穀物を通り抜ける・恨みを抱いた相手の穀物を刈らす場合)ギリシャ神話はどちらかというと外在
  →外在する穀物霊は、後に神になるもと。神人同系同性論(アンスロフォモーフィズム)
  野蛮状態から抜け出す→霊(神)の擬人化が進む→霊(神)が自然物から離れていく→自然物内の

生命(霊)が抜ける→別の霊が生成され、新しい心的存在の生成。(古い霊と新しい霊)。
「古い霊が新しい霊を生んだ」として整合性を保つ
神の二重化の推測

オシリスとイシスも二重化
ディアナ(古い樹木霊)、ウィルビウス(新しい樹木霊)ではないか
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