金枝篇とか

そろそろ月一くらいで更新します。 昔よんだ、誰もよまなそうな本の書評とか。

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ネミの森の風習について - 初版金枝篇まとめ②

まとめ、を全部読む前に一度は目を通していただけるとうれしいブログ内関連記事はこのへん、かな。
金枝篇を読む前に知っておくといいかもしれないキリスト教の知識
含みを持たされた部分を考えてみる - 初版金枝篇まとめ①

金枝篇では、ディアナの森の不可思議な慣習の謎を、古典やフォークロアや世界各地の習俗の情報を元にして解き明かそうとした論文です。まずはディアナの森の風習を説明し、そこから生じる疑問を解き明かしていきます。

まず最初に、ミネの森の風習について。ネミの森には以下のような野蛮な風習があったそうです。
イタリアのローマの程近くにあるネミ湖のほとり、ネミの森には『森の王』と呼ばれるディアナの祭司がいました。ネミの森には聖所があり、ここには、決して枝を折ってはならない黄金の枝(ヤドリギ)が生えていました。
この、折ってはいけない黄金の枝は、しかしながら、逃亡奴隷だけは、一本の枝を折ることを許されていました。
そして、この枝を折った逃亡奴隷は、祭司である『森の王』と決闘する権利が与えられ、ました。
森の王は枝を折ろうとするものを攻撃することができ、また、この挑戦者に殺されるまでは祭司であろ『森の王』でいることができました。
もしこの挑戦者が祭司を殺せば、代わりに森の王(レクス・ネモレンシス)の称号を得、森の支配権を得ました。

ネミ湖はイタリア、ローマの南東20~30kmくらいにある火口湖で、火口には、湖と湖畔の森がありました。このネミの森は、ディアナ崇拝の聖地でした。ディアナは子宝・安産の神で、ディアナの祭りでは炎が焚かれます。

ミネのディアナ崇拝は、オレステスによってはじめられたとされています。オレイテスはクリミア半島(地中海の北にある黒海の、北側に突き出た半島)の王ストナを殺し、ディアナの像を携えて姉と共にイタリアに逃亡したのがその紀元だそうです。また、ネミの森にはディアナのほかに、水の精であるエゲリア、ギリシアの英雄ヒッポリュトスであるウィルビウスという二神がいます。このウィルビリウスが、ディアナと対になる神です。

ウィルビウスは、ギリシアの英雄ヒッポリュトスと同じ人物だそうです。ヒッポリュトスは馬によって殺されたけれども、ディアナのはからいで、医者に蘇えらせてもらう。ところが不死ではない人間が蘇ったことにユピテルが怒り、この医者を殺してしまった。ディアナはヒッポリュトスをユピテルから逃すため、ウィルビウスと名を代え谷に囲まれたネミの森に隠し、ウィルビリウスは森の王となった、これが森の王の神話です。馬はウィルビウスを殺した動物であるため、森に入ることは禁じられました。
この、ウィルビウスは太陽とも考えられ、その像に触れることは違法でした。このウィルビウス崇拝は、フラメン・ウィルビアリスという特別な祭司によって行われたそうです。

ネミの森の風習は、伝説では、奴隷の逃亡はオレステスの逃亡を表し、奴隷の祭司との決闘は、タウリカのディアナに捧げられた人間の生贄の名残と考えられたそうです。この掟は、帝政ローマ、カリグラ帝[AD12年8月31日 - 41年1月24日、在位AD37年 - 41年]の記録にも残っており、この皇帝の時代にも続いていたと考えられます。

そして金枝篇では、ミネの祭司職を生み出した動機を探ります。フレイザーが提示した、答えなければならない問いは二つ。
ひとつ。祭司が前任者を殺したのはなぜか
ふたつ。殺す前に黄金の枝を折り取ったのはなぜか

この問いに対して、以下を用いて答えを探っていきます。
・ミネの祭司のような風習が他の場所にあることを存在したことを示す。
・そのような慣習に至った動機を示す。
・動機が普遍的といえるほど広く機能し、異なるが似通った様々な制度を生み出したことを示す。
・古典・古代のギリシャ・ローマで作用していたことを示す

実際には、1.近代ヨーロッパの農民の風習と、2.古典・古代ギリシャ、ローマの記録、3.大航海時代以降?の、世界各地の儀礼や習俗の記録を組み合わせて話を進めています。

つづく
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