金枝篇とか

そろそろ月一くらいで更新します。 昔よんだ、誰もよまなそうな本の書評とか。

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神殺し - 初版金枝篇まとめ⑤

 続いて『第三章 神殺し』です。その前に、

金枝篇を読む前に

知っておくといいかもしれないキリスト教の知識

含みを持たされた部分を考えてみる - 初版金枝篇まとめ①
ネミの森の風習について - 初版金枝篇まとめ②
『森の王』について - 初版金枝篇まとめ③
王とタブーについて - 初版金枝篇まとめ④

 ところでを読み返してみました。

 つまんねえ。
 なんか冗長。
 人のレポートを写したような文。

 まあいいや。
 続いて『第三章 神殺し』です。
 三章はただでさえ長いので、サクサクいきます。

 なぜ王を殺すのか、どんな例があるのか、それを述べるのがこの第三章です。それ以外のこともいろいろ述べていますが。

王殺し・神殺しの理由
 なぜ王を殺すのか。フレイザーはそれに対して、「魂を守るため」という理由を提示しています。肉体が衰えると王も衰え、王(神)の魂も衰える。王が衰え、王(神)の魂が衰え、世界が衰える前に、前の王を殺し若く健康な肉体を持つ新しい王に魂を移します。神性を備えた人間が殺されれば、その魂は後継者に移ると「仮定してよいだろう」だそうです。
 そしてこの聖なる王や祭司を殺す慣習は、樹木霊に対して、北ヨーロッパの春の風習でも行われていたそうです。春の祭りで、樹木霊や「野人」を殺す風習があります。この5月の祭りにはネミの森でのものと似た点があるものが多く、例えば以下のような類似点のある祭りがあります。
・樹皮と葉の衣装を着、緑の枝で編まれた小屋ともみの木々の傍らに王が立つ。
・その木々の下で謁見式を行い、自らを森の王と宣言する。
・非業の死を遂げる。
・自らの腕力や機敏さによって自らが老い衰えていないことを証明できた場合、死を免れることもある。
・「逃亡」というキーワード。ネミの森の司祭は「逃亡」奴隷、北ヨーロッパの祭りには「逃亡」すればもう一年間、王でいられる。
・復活-ネミの森では医者によりウィルビリウスが蘇るという伝説、ザクセンとチューリンゲンでは、樹木霊の表象が医者により息を吹き返す。
 また、同じく来たヨーロッパで、樹木霊を殺す風習と似た風習に、「死神(death)の追放」があるそうです。死神の像を水死させたり燃やしたりする、あるいは死神の追放の後、夏や春や生命の訪れを祝う儀式が行われる点を除くと、樹木霊に対する祭りとよく似た祭りであり、通常「死神」といってイメージされるものとは異なります。要するに、植物霊の死と再生を表すもう一つの形が「死神」であって、冬に死んで春に蘇る植物霊のこと、樹木霊と同じようなものみたいです。

殺される神々
 続いてフレイザーは、植物霊の死と復活の儀式を、東地中海に見ていきます。エジプト人にとってのオシリス、シリア人にとってのアドニス、フリギュア人にとってのアッティス、ギリシャ人にとってのディオニュソスが、死と再生の神々です。これらの神々は似た特徴を持ち、フレイザーはこれらの神々を、植物神、植物の衰退と再生を表した神々、としています。
 特徴としては、
 ・対になる女神を持つ(アドニス-アフロディテ、アッティス-キュベレ、オシリス-イシス、ディオニュソス)
 ・植物(特に松)とのつながりが深い
アドニス-松の木から生まれる。アドニスの園(短期間で植物が成長し枯れる箱庭)など
アッティス-植物の種を植えられた処女から誕生
ディオニュソス-ぶどう・松・キヅタ・イチジク
 ・若くして非業の死を遂げる
イノシシに殺される-アドニス・アッティス
神に殺される-オシリス・ディオニュソス
 ・復活が祝われる
 ・血から植物が生じる
アドニス-アネモネ
アッティス-すみれ
ディオニュソス-ザクロ
 ・バラバラにされて殺される・殺され、バラバラにされる
アッティス(手足を切られ殺される)
オシリス(死体をバラバラにされ、撒かれるる)
ディオニュソス(バラバラに引き裂かれ、植物と煮込んで食べられる)
 ・特定の動物とのつながり
アドニス-生誕・死に際してイノシシに関わる
アッティス-信者は豚を食べてはいけない
ディオニュソス-牡牛または山羊であらわされる
 ・儀式では、樹木と人間(人形)二つの形で表される
など。これらの神々は19世紀末のヨーロッパでは植物神とは考えられていなかったようで、特にオシリスは一般に太陽神として知られていたそうです。オシリス・アッティス・アドニス・ディオニュソス・デメテルがよく似た儀式を行う同種の神であることは、古代ギリシャ・ローマ時代の記録からよみとれるそうです。フレイザーはこれら神々の儀式を、植物の死と再生の擬態としています。
 そのほか、気になる情報がちりばめられています。
 ・神を動物として殺す習慣-神聖な動物は、通常は殺されず、特別な場合のみ殺される。
ディオニュソスに山羊が捧げられる理由
もともとはディオニュソスが山羊。聖餐 → 『山羊はブドウの木を害するため』と変化する。
アッティスの信者は豚を食べない
 ・アドニスは、死の翌日に復活し昇天する、とする地方がある
 ・アドニスの園と大変よく似たものをシチリアでは教会で作り、キリスト像と共に安置される。
 ・アッティスの儀式の二日目、ラッパを吹く
 ・アッティスの信者は豚を食べない
 ・ディオニュソスは死者のうちからよみがえり天に昇る
このように、植物神の死と復活は、キリスト教普及前の地中海世界で広まっていたことが述べられています。

『麦の母』と、親子で表現される神
 次にフレイザーは、デメテルとプロセルピナ…を元に、ヨーロッパ農民に伝わる「麦の母」「麦の娘」の話をします。デメテルとプロセルピナはアドニスなどと同様の死と再生の植物神す。他の神々は男女で対になっていたのが、「母(デメテル」と「娘(プロセルピナ)」という点が異なります。神話の上では、プロセルピナがプルトンにさらわれ死者の国に連れて行かれ、デメテルが嘆き悲しみ作物が実らなくなり、結局一年の半分はプルトンと共に地下、半分は上界で暮らすようになった、そうです。両方、「麦」の植物神です。
 デメテルという語はクレタ起源と考えられ、クレタ語で「麦の母」をあらわすそうです。そしてこの「麦の母」というような呼び方で穀物を人格化する方法は、アーリア民族に広がっているそうです(ライ麦の母・小麦の母・燕麦の母・エンドウの母)。麦の母は、「麦の老婆」「baba」「収穫の母」「太母」「麦の女王」「収穫の女王」などとも呼ばれたそうです。「麦の娘」「麦の花嫁」などの呼ばれ方もしたそうですが。今年の収穫に関するものは「麦の母」「麦の娘」、来年の種籾と考えられるものは「麦の娘」、多産に関わるもとの考えられるときは「麦の花嫁」などと表現されたのだろう、とのこと。
 この「麦の母」は麦の中に存在し、最後の一束が刈りとられる、あるいは脱穀されると追い出され、来年の収穫のためにこれを捕まえるか、追放するか、殺すそうです。「麦の母」という呼称は最後の刈り束だけでなく、最後の麦束を刈った人に対しても、同じようによばれたそうです。特に麦をいかに早く刈れるか競争し、最後になった人が「麦の母」になるという事例があげられています。
 最後に刈られた麦束は衣装を着せられたり、水浸しにされたり、リースにされ1年間飾られたりなど、特別な扱いがされたそうです。
 フレイザーは、この収穫時の風習が、第一章のヨーロッパ農民の春の風習と似ている点を指摘しています。
 ・霊が、植物(樹木・刈り束)と人間の両方であらわされる。また、人間の年齢と霊のあらわす年齢は対応している(母なら相当の年の女性、娘なら未婚女性、など。)
 ・植物や人間、動物を肥沃にする力があると考えられる。
 また、春の風習・収穫の風習の、原始宗教との類似点を指摘しています。
  ・祭祀を行う特別な人はいない。年齢など条件が合えば誰が行ってもいい。
  ・祭祀を行う特別な場所はない。畑や納屋など条件が合えばどこでもいい。
  ・神ではなく霊が対象。
   -霊は活動が特定部門に限られる。名前が固有名詞ではなく一般名詞。起源・生活・冒険・性格などの伝説がない。
   -神は人格を持ち、得意分野はあっても活動が特定部門に限られない。固有名詞や来歴を持つ。
  ・宥めの儀式ではなく呪術的儀式(物理的共感や類似で直接自然をコントロールしようとする)
 そしてフレイザーは、古代ギリシャで麦の神がデメテルとプロセルピナのように二重化した理由として、概念形態の移行、という小難しい理屈を挙げています。
 1.古くは(近代ヨーロッパの農民の風習のように)、麦の霊は麦の中に内在していた。
 2.しかし人間が野蛮から抜け出してくると、麦の中にいた霊は次第に擬人化され、外側から麦をコントロールする神様に変化していった。
 3.この霊の外在化は一様に進むわけではなく、アニミズム的感覚を持つ遅れた人たちからすると、本来霊がいるはずの麦の中に霊がいない、生命の空白状態が生じた。
 4.その空白を埋めるために新たな霊が生まれる。
 5.ひとつの事象に二つの神ができ、神話上の整合性が取れなくなる。
 6.古い神が新しい神を生み出した、として整合性を取る。(自然物は古い霊が生み出し、新しい霊が生かしているとする)
このように、親子関係の神の生成原因を推測しています。また、樹木霊ディアナに対する樹木霊ウィルビウスという神の二重化も同様に推測しています。この、神の二重化に関する部分、親子という形で二重化する説の説明が、丁寧に説明しているにもかかわらず、なぜか推測であることをしつこい程に強調しています。

ヨーロッパにおける収穫期の風習と似た風習は、古代エジプトやビテュニア(現在のイスタンブール周辺の古代王国)の麦の収穫、ジャワでの米の収穫、フェニキア・西アジアのぶどうの収穫でも似たような風習が見られたそうです。

穀物霊の移動
 穀物霊が移動する例として、フリギュアのリテュエルセスという人物の話が挙げられています。リテュエルセスはフリュギアのミダス王の庶子で、麦刈りを行う。旅人が来ると食べ物飲み物を与え、一緒に麦を刈らせ、最後に相手を刈り束にくるんで首を切り麦わらでくるんだ遺体を運び去っていたが、最後にヘラクレスに、今まで自分が行っていたことをされ、最後に川に投げ捨てられた、そうです。一見変な話ですが、ここでは、旅人(最後にはリテュエルセス)が穀物霊とされています。ちなみにアッティスは、「刈られた麦穂」と呼ばれていたそうです。
 フレイザーによると、ヨーロッパ収穫期の風習と比較して、以下がポイントだそうです。
  1.麦刈りの競争・人を麦藁で束ねること
  2.穀物霊(穀物霊の表象)を殺すこと
  3.収穫の畑への訪問者・見知らぬものの扱い
また、人間を穀物霊の表象として、穀物の生長のために殺す事例を、フレイザーの言うところの蛮人の風習から引用しています。
 そしてそこから蛮人の霊に対する考えと結びつけ、穀物霊が移動した、人は穀物として、首をはねられたとしています。
 ・通りすがりの人物が穀物霊とみなされる。
  → 穀物霊が刈られた麦から通りすがりの人物に乗り移る
 ・麦を最後に刈った人が穀物霊とみなされる
  → 穀物霊が最後の麦藁から最後に刈った人物に乗り移る
 また、穀物霊を動物に喩える場合も同様だそうです。昔は畑を取り囲む柵がなく、野生の動物も家畜も畑に迷い込んだ、その通りすがりの動物に穀物霊が刈られた麦から乗り移る、その移る先の動物こそが穀物神を表象する動物のようです。だから、現代人から見ると植物を食べ畑を荒らすはずの動物が、生長を促す穀物神として扱われ、殺されるそうです。
 ディオニュソスにとっての山羊や牡牛、アドニスやアッティスにとってのイノシシは、このような形で魂が乗り移った植物霊だと考えることができ、だからこそ動物の姿をとったとされても、これらの神々が植物の神だといえるそうです。
 次にデメテルと豚の例を挙げ、「神自身が自らの敵であると理由で神に生贄に捧げられる」ことを記載しています。もともとは穀物霊を宿すものとして殺されていたものが、神が動物とみなされ、神が純粋な人格神にまでなると、動物が殺される理由が変わり、神性に対し敵意を持つために生贄にされる、とみなされるとしています。宗教が発達するまでは「神性」と「不浄」は区別されない状態、「タブー」と呼ばれる状態にあり、神とされた動物は、その後、神話により、神聖なもの、あるいは不浄なものとなるそうです。イザヤの時代までさかのぼると、ユダヤ教の儀式で神聖なものとして豚を食するものがいたそうです。そしてネミの森、ウィルビリウスの馬についても、今はウィルビリウスの表象だったのではないか、だから通常は馬は入れてはならず、年に一度生贄に捧げれれたのではないかと推察しています。

神を食すること(聖餐)
 まずは農耕民族について。最後の刈り束には穀物霊が宿っており、最後の刈り束から取れた麦を食べることは穀物霊を食べること、つまり聖餐である、「キリスト教の聖体拝領とは、キリスト教よりはるかに古いことは疑いようのない聖餐の風習を吸収した物ということになる(下巻98ページ)」と述べています。
 人間の形に作られた複数のパンを焼く風習はローマにも存在し、特にアリキアで作成されたそうで、この聖餐の風習もアリキアに存在したかもしれない、そうです。
 この「聖餐」は植物に限られたことではなく、動物の肉を食べることはその動物の力を得ること、人の肉を食べることはその人物の力を得ること、と考えられ、またディオニュソスのようなぶどうの木の神の儀式でぶどう酒を飲むことは、享楽の宴ではなく、聖餐であるそうです。

神聖な動物を殺すこと
 次に、狩猟民と牧畜民にとってだそうです。蛮人は、動物をここの生物としてではなく種全体をひとつの霊を持つ生物とみなすことがある。この場合、殺すことは若い活力と生命を備えてよみがえるとかんがえるそうです。蛮人は動物に魂と知性があると考え、霊や他の同じ種の動物からの復讐を避けるために宥めようとする。アイヌの例が出てます。
動物崇拝には、以下の2種類があるそうです。
 1.尊敬される。通常殺されることも食べられることもない。
   恩恵は庇護・忠告・援助・またはその動物が及ぼす被害を抑える
   稀に荘厳な儀式において殺され食される。(エジプト型の聖餐)
 2.習慣的に殺され食べられるために崇拝される。
   恩恵は動物の肉や毛皮
   即座に謝罪や供犠によって贖われる。なた、年に一度特別な贖いが行われ、一匹が多大な尊敬と献身的愛情を込めた方法で殺される。(アイヌ型の聖餐)
 聖餐では、死んだ神もしくは死にかけている神の神聖な力を分けてもらう。ヨーロッパにミソサザイ狩りなど動物の聖餐の風習があるが、この風習は農耕以前の風習までさかのぼれるそうです。
 さらっと、「骨を保管しておけば動物は骨に肉をつけよみがえる」なんてことが書いてありました。

害悪の移転とスケープゴート
 蛮人は、自分の持ち物と同じように、害悪もほかの人や動物や物に移し変えることができると考えるそうです。共同体全体の問題を一回で浄化しようとする精神構造が存在するそうです。
 害悪の追放はは大別して二つ、①目に見えないものとして追放される か、②物質的な媒体でスケープゴートとして追放される かのどちらかだそうです。一番目の方法は、悪魔や悪霊を、直接・媒介物なしで、必要なとき、または定期的に追放した事例が記載されています。二番目は、媒介となる物や人が輸送手段として使用される、例えば悪霊を乗せた船を追い出す、一人の人間に罪を被せ、追放したり監禁したり殺したりする、などの事例が行われていたそうです。このスケープゴートは、以前表示されたスラヴ人の風習、「死神の追放」にも重なるところがあり、追放された「死神(死にゆく植物霊)」は害悪を背負わされる、負わされた害悪ゆえに死神は恐れられ、死神を追放した後には歓喜が伴うそうです。このスケープゴートはローマやギリシャでも行われ、神として人が殺されたそうです。古代の人の理屈によれば、現在、問題があるのは神に不備があるため。害悪を負った肉体を殺して新たな肉体に変われば問題は解決する、と考えたそうです。あと、特定の植物で鞭打つことは、懲罰というよりも、害悪をお払いするためだそうです。
 ここで、ギリシャ・ローマで神がスケープゴートとして殺された。だから神が殺された事例はある、ネミの森の祭祀が森の霊の表象として殺されたとしても、ギリシャ・ローマの風習としておかしくない、とのことです。
 ギリシャ・ローマで、『全人類の不幸と悪行が、時として死にゆく神に押し付けられる。』(下巻197頁)こともおかしくないんですね。

メキシコの神殺し
 三章の最後は、メキシコにおける神殺しの事例が書かれています。捕虜に神の名前をつけ、一定期間は神として待遇し、祝祭の日に殺され、裂かれ、食べられ、その神としての地位は次のものに継がれ、神はよみがえった、つまり、フレイザーがネミの森に対して立てた人間の生贄に対する仮説と一致する事例が、少なくともメキシコでは存在した。神とみなした人を殺した風習は世界各地にあった、と述べています。

ふう。疲れた。

つづく
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