金枝篇とか

そろそろ月一くらいで更新します。 昔よんだ、誰もよまなそうな本の書評とか。

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神殺し - 初版金枝篇まとめ⑤

 続いて『第三章 神殺し』です。その前に、

金枝篇を読む前に

知っておくといいかもしれないキリスト教の知識

含みを持たされた部分を考えてみる - 初版金枝篇まとめ①
ネミの森の風習について - 初版金枝篇まとめ②
『森の王』について - 初版金枝篇まとめ③
王とタブーについて - 初版金枝篇まとめ④

 ところでを読み返してみました。

 つまんねえ。
 なんか冗長。
 人のレポートを写したような文。

 まあいいや。
 続いて『第三章 神殺し』です。
 三章はただでさえ長いので、サクサクいきます。

 なぜ王を殺すのか、どんな例があるのか、それを述べるのがこの第三章です。それ以外のこともいろいろ述べていますが。

王殺し・神殺しの理由
 なぜ王を殺すのか。フレイザーはそれに対して、「魂を守るため」という理由を提示しています。肉体が衰えると王も衰え、王(神)の魂も衰える。王が衰え、王(神)の魂が衰え、世界が衰える前に、前の王を殺し若く健康な肉体を持つ新しい王に魂を移します。神性を備えた人間が殺されれば、その魂は後継者に移ると「仮定してよいだろう」だそうです。
 そしてこの聖なる王や祭司を殺す慣習は、樹木霊に対して、北ヨーロッパの春の風習でも行われていたそうです。春の祭りで、樹木霊や「野人」を殺す風習があります。この5月の祭りにはネミの森でのものと似た点があるものが多く、例えば以下のような類似点のある祭りがあります。
・樹皮と葉の衣装を着、緑の枝で編まれた小屋ともみの木々の傍らに王が立つ。
・その木々の下で謁見式を行い、自らを森の王と宣言する。
・非業の死を遂げる。
・自らの腕力や機敏さによって自らが老い衰えていないことを証明できた場合、死を免れることもある。
・「逃亡」というキーワード。ネミの森の司祭は「逃亡」奴隷、北ヨーロッパの祭りには「逃亡」すればもう一年間、王でいられる。
・復活-ネミの森では医者によりウィルビリウスが蘇るという伝説、ザクセンとチューリンゲンでは、樹木霊の表象が医者により息を吹き返す。
 また、同じく来たヨーロッパで、樹木霊を殺す風習と似た風習に、「死神(death)の追放」があるそうです。死神の像を水死させたり燃やしたりする、あるいは死神の追放の後、夏や春や生命の訪れを祝う儀式が行われる点を除くと、樹木霊に対する祭りとよく似た祭りであり、通常「死神」といってイメージされるものとは異なります。要するに、植物霊の死と再生を表すもう一つの形が「死神」であって、冬に死んで春に蘇る植物霊のこと、樹木霊と同じようなものみたいです。

殺される神々
 続いてフレイザーは、植物霊の死と復活の儀式を、東地中海に見ていきます。エジプト人にとってのオシリス、シリア人にとってのアドニス、フリギュア人にとってのアッティス、ギリシャ人にとってのディオニュソスが、死と再生の神々です。これらの神々は似た特徴を持ち、フレイザーはこれらの神々を、植物神、植物の衰退と再生を表した神々、としています。
 特徴としては、
 ・対になる女神を持つ(アドニス-アフロディテ、アッティス-キュベレ、オシリス-イシス、ディオニュソス)
 ・植物(特に松)とのつながりが深い
アドニス-松の木から生まれる。アドニスの園(短期間で植物が成長し枯れる箱庭)など
アッティス-植物の種を植えられた処女から誕生
ディオニュソス-ぶどう・松・キヅタ・イチジク
 ・若くして非業の死を遂げる
イノシシに殺される-アドニス・アッティス
神に殺される-オシリス・ディオニュソス
 ・復活が祝われる
 ・血から植物が生じる
アドニス-アネモネ
アッティス-すみれ
ディオニュソス-ザクロ
 ・バラバラにされて殺される・殺され、バラバラにされる
アッティス(手足を切られ殺される)
オシリス(死体をバラバラにされ、撒かれるる)
ディオニュソス(バラバラに引き裂かれ、植物と煮込んで食べられる)
 ・特定の動物とのつながり
アドニス-生誕・死に際してイノシシに関わる
アッティス-信者は豚を食べてはいけない
ディオニュソス-牡牛または山羊であらわされる
 ・儀式では、樹木と人間(人形)二つの形で表される
など。これらの神々は19世紀末のヨーロッパでは植物神とは考えられていなかったようで、特にオシリスは一般に太陽神として知られていたそうです。オシリス・アッティス・アドニス・ディオニュソス・デメテルがよく似た儀式を行う同種の神であることは、古代ギリシャ・ローマ時代の記録からよみとれるそうです。フレイザーはこれら神々の儀式を、植物の死と再生の擬態としています。
 そのほか、気になる情報がちりばめられています。
 ・神を動物として殺す習慣-神聖な動物は、通常は殺されず、特別な場合のみ殺される。
ディオニュソスに山羊が捧げられる理由
もともとはディオニュソスが山羊。聖餐 → 『山羊はブドウの木を害するため』と変化する。
アッティスの信者は豚を食べない
 ・アドニスは、死の翌日に復活し昇天する、とする地方がある
 ・アドニスの園と大変よく似たものをシチリアでは教会で作り、キリスト像と共に安置される。
 ・アッティスの儀式の二日目、ラッパを吹く
 ・アッティスの信者は豚を食べない
 ・ディオニュソスは死者のうちからよみがえり天に昇る
このように、植物神の死と復活は、キリスト教普及前の地中海世界で広まっていたことが述べられています。

『麦の母』と、親子で表現される神
 次にフレイザーは、デメテルとプロセルピナ…を元に、ヨーロッパ農民に伝わる「麦の母」「麦の娘」の話をします。デメテルとプロセルピナはアドニスなどと同様の死と再生の植物神す。他の神々は男女で対になっていたのが、「母(デメテル」と「娘(プロセルピナ)」という点が異なります。神話の上では、プロセルピナがプルトンにさらわれ死者の国に連れて行かれ、デメテルが嘆き悲しみ作物が実らなくなり、結局一年の半分はプルトンと共に地下、半分は上界で暮らすようになった、そうです。両方、「麦」の植物神です。
 デメテルという語はクレタ起源と考えられ、クレタ語で「麦の母」をあらわすそうです。そしてこの「麦の母」というような呼び方で穀物を人格化する方法は、アーリア民族に広がっているそうです(ライ麦の母・小麦の母・燕麦の母・エンドウの母)。麦の母は、「麦の老婆」「baba」「収穫の母」「太母」「麦の女王」「収穫の女王」などとも呼ばれたそうです。「麦の娘」「麦の花嫁」などの呼ばれ方もしたそうですが。今年の収穫に関するものは「麦の母」「麦の娘」、来年の種籾と考えられるものは「麦の娘」、多産に関わるもとの考えられるときは「麦の花嫁」などと表現されたのだろう、とのこと。
 この「麦の母」は麦の中に存在し、最後の一束が刈りとられる、あるいは脱穀されると追い出され、来年の収穫のためにこれを捕まえるか、追放するか、殺すそうです。「麦の母」という呼称は最後の刈り束だけでなく、最後の麦束を刈った人に対しても、同じようによばれたそうです。特に麦をいかに早く刈れるか競争し、最後になった人が「麦の母」になるという事例があげられています。
 最後に刈られた麦束は衣装を着せられたり、水浸しにされたり、リースにされ1年間飾られたりなど、特別な扱いがされたそうです。
 フレイザーは、この収穫時の風習が、第一章のヨーロッパ農民の春の風習と似ている点を指摘しています。
 ・霊が、植物(樹木・刈り束)と人間の両方であらわされる。また、人間の年齢と霊のあらわす年齢は対応している(母なら相当の年の女性、娘なら未婚女性、など。)
 ・植物や人間、動物を肥沃にする力があると考えられる。
 また、春の風習・収穫の風習の、原始宗教との類似点を指摘しています。
  ・祭祀を行う特別な人はいない。年齢など条件が合えば誰が行ってもいい。
  ・祭祀を行う特別な場所はない。畑や納屋など条件が合えばどこでもいい。
  ・神ではなく霊が対象。
   -霊は活動が特定部門に限られる。名前が固有名詞ではなく一般名詞。起源・生活・冒険・性格などの伝説がない。
   -神は人格を持ち、得意分野はあっても活動が特定部門に限られない。固有名詞や来歴を持つ。
  ・宥めの儀式ではなく呪術的儀式(物理的共感や類似で直接自然をコントロールしようとする)
 そしてフレイザーは、古代ギリシャで麦の神がデメテルとプロセルピナのように二重化した理由として、概念形態の移行、という小難しい理屈を挙げています。
 1.古くは(近代ヨーロッパの農民の風習のように)、麦の霊は麦の中に内在していた。
 2.しかし人間が野蛮から抜け出してくると、麦の中にいた霊は次第に擬人化され、外側から麦をコントロールする神様に変化していった。
 3.この霊の外在化は一様に進むわけではなく、アニミズム的感覚を持つ遅れた人たちからすると、本来霊がいるはずの麦の中に霊がいない、生命の空白状態が生じた。
 4.その空白を埋めるために新たな霊が生まれる。
 5.ひとつの事象に二つの神ができ、神話上の整合性が取れなくなる。
 6.古い神が新しい神を生み出した、として整合性を取る。(自然物は古い霊が生み出し、新しい霊が生かしているとする)
このように、親子関係の神の生成原因を推測しています。また、樹木霊ディアナに対する樹木霊ウィルビウスという神の二重化も同様に推測しています。この、神の二重化に関する部分、親子という形で二重化する説の説明が、丁寧に説明しているにもかかわらず、なぜか推測であることをしつこい程に強調しています。

ヨーロッパにおける収穫期の風習と似た風習は、古代エジプトやビテュニア(現在のイスタンブール周辺の古代王国)の麦の収穫、ジャワでの米の収穫、フェニキア・西アジアのぶどうの収穫でも似たような風習が見られたそうです。

穀物霊の移動
 穀物霊が移動する例として、フリギュアのリテュエルセスという人物の話が挙げられています。リテュエルセスはフリュギアのミダス王の庶子で、麦刈りを行う。旅人が来ると食べ物飲み物を与え、一緒に麦を刈らせ、最後に相手を刈り束にくるんで首を切り麦わらでくるんだ遺体を運び去っていたが、最後にヘラクレスに、今まで自分が行っていたことをされ、最後に川に投げ捨てられた、そうです。一見変な話ですが、ここでは、旅人(最後にはリテュエルセス)が穀物霊とされています。ちなみにアッティスは、「刈られた麦穂」と呼ばれていたそうです。
 フレイザーによると、ヨーロッパ収穫期の風習と比較して、以下がポイントだそうです。
  1.麦刈りの競争・人を麦藁で束ねること
  2.穀物霊(穀物霊の表象)を殺すこと
  3.収穫の畑への訪問者・見知らぬものの扱い
また、人間を穀物霊の表象として、穀物の生長のために殺す事例を、フレイザーの言うところの蛮人の風習から引用しています。
 そしてそこから蛮人の霊に対する考えと結びつけ、穀物霊が移動した、人は穀物として、首をはねられたとしています。
 ・通りすがりの人物が穀物霊とみなされる。
  → 穀物霊が刈られた麦から通りすがりの人物に乗り移る
 ・麦を最後に刈った人が穀物霊とみなされる
  → 穀物霊が最後の麦藁から最後に刈った人物に乗り移る
 また、穀物霊を動物に喩える場合も同様だそうです。昔は畑を取り囲む柵がなく、野生の動物も家畜も畑に迷い込んだ、その通りすがりの動物に穀物霊が刈られた麦から乗り移る、その移る先の動物こそが穀物神を表象する動物のようです。だから、現代人から見ると植物を食べ畑を荒らすはずの動物が、生長を促す穀物神として扱われ、殺されるそうです。
 ディオニュソスにとっての山羊や牡牛、アドニスやアッティスにとってのイノシシは、このような形で魂が乗り移った植物霊だと考えることができ、だからこそ動物の姿をとったとされても、これらの神々が植物の神だといえるそうです。
 次にデメテルと豚の例を挙げ、「神自身が自らの敵であると理由で神に生贄に捧げられる」ことを記載しています。もともとは穀物霊を宿すものとして殺されていたものが、神が動物とみなされ、神が純粋な人格神にまでなると、動物が殺される理由が変わり、神性に対し敵意を持つために生贄にされる、とみなされるとしています。宗教が発達するまでは「神性」と「不浄」は区別されない状態、「タブー」と呼ばれる状態にあり、神とされた動物は、その後、神話により、神聖なもの、あるいは不浄なものとなるそうです。イザヤの時代までさかのぼると、ユダヤ教の儀式で神聖なものとして豚を食するものがいたそうです。そしてネミの森、ウィルビリウスの馬についても、今はウィルビリウスの表象だったのではないか、だから通常は馬は入れてはならず、年に一度生贄に捧げれれたのではないかと推察しています。

神を食すること(聖餐)
 まずは農耕民族について。最後の刈り束には穀物霊が宿っており、最後の刈り束から取れた麦を食べることは穀物霊を食べること、つまり聖餐である、「キリスト教の聖体拝領とは、キリスト教よりはるかに古いことは疑いようのない聖餐の風習を吸収した物ということになる(下巻98ページ)」と述べています。
 人間の形に作られた複数のパンを焼く風習はローマにも存在し、特にアリキアで作成されたそうで、この聖餐の風習もアリキアに存在したかもしれない、そうです。
 この「聖餐」は植物に限られたことではなく、動物の肉を食べることはその動物の力を得ること、人の肉を食べることはその人物の力を得ること、と考えられ、またディオニュソスのようなぶどうの木の神の儀式でぶどう酒を飲むことは、享楽の宴ではなく、聖餐であるそうです。

神聖な動物を殺すこと
 次に、狩猟民と牧畜民にとってだそうです。蛮人は、動物をここの生物としてではなく種全体をひとつの霊を持つ生物とみなすことがある。この場合、殺すことは若い活力と生命を備えてよみがえるとかんがえるそうです。蛮人は動物に魂と知性があると考え、霊や他の同じ種の動物からの復讐を避けるために宥めようとする。アイヌの例が出てます。
動物崇拝には、以下の2種類があるそうです。
 1.尊敬される。通常殺されることも食べられることもない。
   恩恵は庇護・忠告・援助・またはその動物が及ぼす被害を抑える
   稀に荘厳な儀式において殺され食される。(エジプト型の聖餐)
 2.習慣的に殺され食べられるために崇拝される。
   恩恵は動物の肉や毛皮
   即座に謝罪や供犠によって贖われる。なた、年に一度特別な贖いが行われ、一匹が多大な尊敬と献身的愛情を込めた方法で殺される。(アイヌ型の聖餐)
 聖餐では、死んだ神もしくは死にかけている神の神聖な力を分けてもらう。ヨーロッパにミソサザイ狩りなど動物の聖餐の風習があるが、この風習は農耕以前の風習までさかのぼれるそうです。
 さらっと、「骨を保管しておけば動物は骨に肉をつけよみがえる」なんてことが書いてありました。

害悪の移転とスケープゴート
 蛮人は、自分の持ち物と同じように、害悪もほかの人や動物や物に移し変えることができると考えるそうです。共同体全体の問題を一回で浄化しようとする精神構造が存在するそうです。
 害悪の追放はは大別して二つ、①目に見えないものとして追放される か、②物質的な媒体でスケープゴートとして追放される かのどちらかだそうです。一番目の方法は、悪魔や悪霊を、直接・媒介物なしで、必要なとき、または定期的に追放した事例が記載されています。二番目は、媒介となる物や人が輸送手段として使用される、例えば悪霊を乗せた船を追い出す、一人の人間に罪を被せ、追放したり監禁したり殺したりする、などの事例が行われていたそうです。このスケープゴートは、以前表示されたスラヴ人の風習、「死神の追放」にも重なるところがあり、追放された「死神(死にゆく植物霊)」は害悪を背負わされる、負わされた害悪ゆえに死神は恐れられ、死神を追放した後には歓喜が伴うそうです。このスケープゴートはローマやギリシャでも行われ、神として人が殺されたそうです。古代の人の理屈によれば、現在、問題があるのは神に不備があるため。害悪を負った肉体を殺して新たな肉体に変われば問題は解決する、と考えたそうです。あと、特定の植物で鞭打つことは、懲罰というよりも、害悪をお払いするためだそうです。
 ここで、ギリシャ・ローマで神がスケープゴートとして殺された。だから神が殺された事例はある、ネミの森の祭祀が森の霊の表象として殺されたとしても、ギリシャ・ローマの風習としておかしくない、とのことです。
 ギリシャ・ローマで、『全人類の不幸と悪行が、時として死にゆく神に押し付けられる。』(下巻197頁)こともおかしくないんですね。

メキシコの神殺し
 三章の最後は、メキシコにおける神殺しの事例が書かれています。捕虜に神の名前をつけ、一定期間は神として待遇し、祝祭の日に殺され、裂かれ、食べられ、その神としての地位は次のものに継がれ、神はよみがえった、つまり、フレイザーがネミの森に対して立てた人間の生贄に対する仮説と一致する事例が、少なくともメキシコでは存在した。神とみなした人を殺した風習は世界各地にあった、と述べています。

ふう。疲れた。

つづく

テーマ:雑学・情報 - ジャンル:学問・文化・芸術

王とタブーについて - 初版金枝篇まとめ④

金枝篇を読む前に知っておくといいかもしれないキリスト教の知識
含みを持たされた部分を考えてみる - 初版金枝篇まとめ①
ネミの森の風習について - 初版金枝篇まとめ②
『森の王』について - 初版金枝篇まとめ③

続いて『第二章 魂の危機』です。

 第一章では、王は神の化身ってことになっていましたが、第二章では、神の化身・あるいは世界と連動した存在である王様の境遇を、魂に関する考え方とあわせて考察しています。

 まず、蛮人の考えでは、王様はどのように扱われたか。
 王は神、と考えられていた場合、例えば自然の成り行きは王が管理しているとされます。もし悪天候とか不作とかの災害が起こると、それは王の怠惰や罪とされ、王は鞭打ち・縛め・廃位・あるいは死刑にされたりしたそうです。
 また、災禍が王の意志とは無関係だと考えられていた場合、王は自然の秩序や世界の存在と連動していて、王のわずかな歪みで均衡が崩れると思われていました。王の振る舞いによって自然の秩序が乱れ転覆されるかもしれず、王の歪みは、自然・世界の振動になる、そして王の死は自然界の激動を引き起こすと考えられました。このように世界と連動した王様は、 変な振る舞いをさせない、歪ませない、死なないようにする必要があり、そのために儀礼、禁止と戒律で取り囲み、自然の調和を乱したり王・人々・宇宙を破局に陥れる振る舞いを、王・人々・宇宙から遠ざけます。そのため王はあらゆる行動を束縛され、自由を抹消されていたそうです。

 ちなみに、上記のように王になってもろくなことがないので、王になることを拒む事例も多く、空位となったり、無理やりつかせたする事例も多いようです。あるいは王になっても、儀礼、禁止と戒律に取り囲まれて生気のない人間・隠遁者となってしまう。このため権力は別の者に移り、政治権力と宗教の分離が興った、とフレイザーは述べています。

タブー・掟について
 一般的な規則が特定の状況下で特殊な強さを帯びたものを、特に『タブー』といい、王は様々なタブーに取り囲まれた人物になります。
 未開人の見解では、タブーや掟はその地で自らが生きながらえるために守らねばらならない一般原則です。特に人間神の場合、破った場合には高位からの追放・罰則・死が待ち受けており、これらによってタブーを守らされます。人間神は死か廃位で開放されるまで、タブーに絡めとられることになります。(現代の(ヨーロッパの)農家に引き継がれているそうです。)

 次に、儀礼・禁止・戒律・あるいはタブーによって、王の何を守っていたのか。フレイザーは、蛮人にとって守らねばならないものは、『魂』であるとします。

 蛮人は、魂が体の中に存在すると信じていています。魂は人の体の中に入っており、鼻や口から抜けることがあるそうです。睡眠中は魂が一時的に抜けている状態で、もし永続的に魂が抜けると死んでしまうと考えます。魂を操作することにより人を殺すことができ、例えば魔術師・妖術師は魂を操作し、魂を人為的に肉体に帰れなくすることにより相手を殺せると考えている人々もいます。また、鏡像・影・肖像画・写真は魂ないし魂に類するものであり、人を操作できると考えられたそうです。
 このため、蛮人は、魂を操作することができる呪術と妖術を最も恐れ、呪術・妖術から守るための儀式もいろいろ行われたそうです。たとえば異邦人・旅行者が来ると儀式を行い、破壊的霊気を取り払う、汚染された霊気を取り払う儀式を行う事例があります。住民を守るために、異邦人が来ると儀式を行ったり、住民が旅行から戻ると清めの儀式を行ったりしたそうです。

 この、人の命を左右する魂についての原始的な考え方・魂の危機は、王にも当てはまると考えられ、実際、個々人の規則と王のタブーのいくつかは一致したそうです。初期の王の生命は厳格な掟によって管理され、掟によって王の生命は守られていました。
 同種の危機から王を守るために特別な禁止事項があり、例えば王は特定の物に触れたり見てはいけない、飲食時を見られてはいけない、生涯宮殿を出てはいけない、などの禁止がありました。

 また、蛮人の精神においては、神聖と穢れの概念は分化していない、どちらも霊的・超自然的に強い力であり、危機的な状況と考えられました。例えば神聖・穢れ・産褥は同じように扱われる、あるいは死体に触れた穢れの際のタブーと酋長に関して守られているタブーは同じものだった、などの事例・記録がありました。 王は祝福の源であると同時に危険の源でもあり、王が周りに害を及ぼす力を与えることがあると考えられていました。

また、魂やタブーに関しては、他にもいろいろ記載されています
・魂は血の中に宿る(血を地に流すことの禁止は酋長や王に厳しく適用される)
・フラメン・ディアリスは葡萄の木の下を歩いてはいけない(葡萄の果汁は葡萄の血液、葡萄の木の魂:異常な精神状態-憑依もしくは霊感:ブドウ酒 赤い果汁-血液 酔わせる-霊感を与える:ブドウ酒を飲む=動物の血を飲む)
・自分の頭に触られること、頭の上に誰かがいることを無礼とみなす。頭が神聖。
・頭が神聖:髪を切ることも注意(頭の霊を侵害、髪の処理(頭との共感的なつながり)などなど。
・食物に関するタブー(フラメン・ディアリスは特定の食物を食べるだけでなく、名指すことも禁止、など )
などなどなどなど。


そして2章の最後には、早くもこの論文の結論らしきものが記載されています。

古代人の論理性 について
 この古代人・蛮人の考え方は、現代の基準では倫理観を欠いているように見えるかもしれませんが、魂が人間の内部に存在するという前提からスタートした、辻褄の合う実用的な、完璧で調和の取れた体系、王・司祭の生活は古代の英知の一切が要約されている、完璧な生活様式、だそうです。
 未開社会内での論理的整合性を備えている、ただ、前提条件としている、生命の本質に関する概念が間違っている、としています。

・結局のところ、我々の蛮人と類似点は、相違点よりもはるかに多いのだ。
・現在、民族が持っている概念は独創的・直感的なものではなく、蛮人の時代から、経験によって獲得し、代々の継承によって伝えてくれたもの
・先祖の誤りは単に仮説であったこと。検証を続け、誤りを排除して真実が導きだされる。
・われわれが真実と呼ぶものは、最も効果的に機能することの判明した、ひとつの仮説に過ぎないのである。
・われわれより野蛮な時代と民族の、意見や慣習を検討する際には、彼らの誤りを、真実の探求の途上では避けがたかった躓きとして、寛大に見据えるのがよい。そしてわれわれもまた、いつの日か自らに必要となるであろう寛大さという恩恵を、今は彼らに与えておくのがよいのである。
(P276-277から)

 俺らにもおそらく間違いがあるんだよ、今、自分たちが正しいと思っていることも未来の人々から見たらお笑い種にすぎないんだよ、覚悟しろ!ってことなかな。キリスト教徒への挑戦か、自分の間違いへの予防線か。フレイザーは後に文化進化主義などと批判されていますが、フレイザーは進化主義によって、今まで別々に考えられていた西欧と古代と他の地域の人々を、同じ土俵の上に乗せてみせたんですよね。進化主義を利用して、ギリシャ・ローマ(あるいはキリスト教)というヨーロッパの基層とされる枠組みを外そうと試みた。後に続く世代によって、おそらくそれは成功した。すごいおっさんです。

つづく

『森の王』について - 初版金枝篇まとめ③

承前

金枝篇を読む前に知っておくといいかもしれないキリスト教の知識
含みを持たされた部分を考えてみる - 初版金枝篇まとめ①
ネミの森の風習について - 初版金枝篇まとめ②


 初版金枝篇では、第一章の最初にネミの森の風習について記述した後、『森の王』という言葉の説明をしながら「蛮人」のものの考え方と、アーリア民族の樹木崇拝を講釈しています。

 最初に「王」について。森の王はネミの森の祭司のことなんだけれども、なんで「祭司」が「王」と言われるのか。もともと王様が宗教のトップを兼任している事例も多いけれども、なぜか、フレイザー流の説明をしています。
 まず、「蛮人」は、人間は誰でも超自然の力を持っていると普通に思っている。たとえば何かを水に浸すような雨乞いの儀式をすれば雨を呼ぶ、と思っていた。その中でも力を持つもの、王は、特に強力な超自然の力を持っていると考えられたそうです。この超自然の力は、人格を持った神のような者に訴えることで超自然の力を発揮することもあれば、共感呪術(似たものは同じような力を及ぼす、だとか、体の一部だとか以前くっついてたものは離れても影響しあう、だとか)による、原因と結果に帰されるようなものもあるけど、とにかく蛮人も王も超自然の力を持っていると考えた。でもって、人間が誰でも超自然の力を持っていると考えられている世界では、人間と(超自然の力を持った)神様の区別はあいまい、あるいは区別がないそうです。だから、王は超自然の力を持った祭司であり、神でもあった。
 人間と神様が同一である場合にも2種類あって、神様が一時的に人間に憑依している場合と、永続的な場合(人間そのものが神様の場合)があったようです。この、人間が永続的に神様の場合、天災、例えば旱魃などの責任は、天候をコントロールできるはずの人間の責任であり、この人物が責任を取らされて、脅されたり、罰を受けたり、殺されたりする事例が数多くあるそうです。
 このように、「王」という者は、超自然の力を持った、世界と密接に連動した祭司であり神の化身と考えていたそうです。

 次に、では『森の王』の「森」は何なのか。フレイザーはこれを「アーリア民族の樹木崇拝」と結びつけています。古代ヨーロッパは現代と比べ森林に覆われていで、アーリア系のヨーロッパ人は樹木崇拝を行っていた、樹木も魂を持つものとして扱っていたそうです。この樹木崇拝はアーリア人共通の信仰、だそうです。
 その後フレイザーは、近現代ヨーロッパで実際に樹木崇拝が行われている例を挙げています。メイポール・五月祭・収穫の五月・セブン オークス など、樹木崇拝に起因する風習は今もヨーロッパ農民の間に数多く残っているそうです。風習から、樹木霊には共通の力が見て取れます。雨を降らせる力 、陽光をもたらす力、鳥獣の群れを増やす力、女性の安産を促す力などがあるそうです。
 そのほかにも、夏至・精霊降臨節・収穫祭で木に水をかける(雨乞いの呪術を行っている)だとか、植物霊が春によみがえるだとか、樹木霊・植物霊が木の姿と人間と、二つの姿で表される、だとか、その霊は木に命を吹き込み、小さな植物の中でそれらを活性化する、木は燃やす、だとか、樹木霊や風習には共通の特徴があるそうです。常にすべての特徴を備えているわけではなくて、例えば木の姿の表象がなくて生きた人間による表象のみ残る場合などもあるようですが。
 続いてフレーザーは古代のギリシャ・ローマ人の風習を述べ、も近現代ヨーロッパ人と類似した樹木崇拝を行っていただろうと提示しています。ギリシャ。ローマにある、木をご神体として花嫁花婿として結婚させて豊作を祈って、終わった後に木を燃やす、ような事例を提示し、ヨーロッパの春の祭り、夏の祭りの類似性を指摘しています。
 そしてこれら近現代ヨーロッパや古代ギリシャ・ローマの樹木崇拝は、アリキアの司祭職・ネミの森の王との共通点を提示しています。木立が聖所であり、森の神シルウァヌスと結び付けられる、ディアナは樹木霊のように陣痛に苦しむ女性を助け、野生動物の保護者であり、家畜を守り、泉・炎は雨を降らし太陽を輝かせる力と考えられます。また、樹木霊はしばしば生きている人間と樹木の両方で表されており、アリキアでは、王が人間が化身で司祭、金枝が特殊な姿で現れた木立の神の命だと考えられます。
 これらのことから、女神ディアナの属性は樹木霊・森の神の属性 であり、アリキアは樹木霊・森の神崇拝である、『森の王』とは樹木霊の化身のようです。
第一章はここまで。

つづく

ネミの森の風習について - 初版金枝篇まとめ②

まとめ、を全部読む前に一度は目を通していただけるとうれしいブログ内関連記事はこのへん、かな。
金枝篇を読む前に知っておくといいかもしれないキリスト教の知識
含みを持たされた部分を考えてみる - 初版金枝篇まとめ①

金枝篇では、ディアナの森の不可思議な慣習の謎を、古典やフォークロアや世界各地の習俗の情報を元にして解き明かそうとした論文です。まずはディアナの森の風習を説明し、そこから生じる疑問を解き明かしていきます。

まず最初に、ミネの森の風習について。ネミの森には以下のような野蛮な風習があったそうです。
イタリアのローマの程近くにあるネミ湖のほとり、ネミの森には『森の王』と呼ばれるディアナの祭司がいました。ネミの森には聖所があり、ここには、決して枝を折ってはならない黄金の枝(ヤドリギ)が生えていました。
この、折ってはいけない黄金の枝は、しかしながら、逃亡奴隷だけは、一本の枝を折ることを許されていました。
そして、この枝を折った逃亡奴隷は、祭司である『森の王』と決闘する権利が与えられ、ました。
森の王は枝を折ろうとするものを攻撃することができ、また、この挑戦者に殺されるまでは祭司であろ『森の王』でいることができました。
もしこの挑戦者が祭司を殺せば、代わりに森の王(レクス・ネモレンシス)の称号を得、森の支配権を得ました。

ネミ湖はイタリア、ローマの南東20~30kmくらいにある火口湖で、火口には、湖と湖畔の森がありました。このネミの森は、ディアナ崇拝の聖地でした。ディアナは子宝・安産の神で、ディアナの祭りでは炎が焚かれます。

ミネのディアナ崇拝は、オレステスによってはじめられたとされています。オレイテスはクリミア半島(地中海の北にある黒海の、北側に突き出た半島)の王ストナを殺し、ディアナの像を携えて姉と共にイタリアに逃亡したのがその紀元だそうです。また、ネミの森にはディアナのほかに、水の精であるエゲリア、ギリシアの英雄ヒッポリュトスであるウィルビウスという二神がいます。このウィルビリウスが、ディアナと対になる神です。

ウィルビウスは、ギリシアの英雄ヒッポリュトスと同じ人物だそうです。ヒッポリュトスは馬によって殺されたけれども、ディアナのはからいで、医者に蘇えらせてもらう。ところが不死ではない人間が蘇ったことにユピテルが怒り、この医者を殺してしまった。ディアナはヒッポリュトスをユピテルから逃すため、ウィルビウスと名を代え谷に囲まれたネミの森に隠し、ウィルビリウスは森の王となった、これが森の王の神話です。馬はウィルビウスを殺した動物であるため、森に入ることは禁じられました。
この、ウィルビウスは太陽とも考えられ、その像に触れることは違法でした。このウィルビウス崇拝は、フラメン・ウィルビアリスという特別な祭司によって行われたそうです。

ネミの森の風習は、伝説では、奴隷の逃亡はオレステスの逃亡を表し、奴隷の祭司との決闘は、タウリカのディアナに捧げられた人間の生贄の名残と考えられたそうです。この掟は、帝政ローマ、カリグラ帝[AD12年8月31日 - 41年1月24日、在位AD37年 - 41年]の記録にも残っており、この皇帝の時代にも続いていたと考えられます。

そして金枝篇では、ミネの祭司職を生み出した動機を探ります。フレイザーが提示した、答えなければならない問いは二つ。
ひとつ。祭司が前任者を殺したのはなぜか
ふたつ。殺す前に黄金の枝を折り取ったのはなぜか

この問いに対して、以下を用いて答えを探っていきます。
・ミネの祭司のような風習が他の場所にあることを存在したことを示す。
・そのような慣習に至った動機を示す。
・動機が普遍的といえるほど広く機能し、異なるが似通った様々な制度を生み出したことを示す。
・古典・古代のギリシャ・ローマで作用していたことを示す

実際には、1.近代ヨーロッパの農民の風習と、2.古典・古代ギリシャ、ローマの記録、3.大航海時代以降?の、世界各地の儀礼や習俗の記録を組み合わせて話を進めています。

つづく

含みを持たされた部分を考えてみる - 初版金枝篇まとめ①

 いやー、先々週あたりから金枝篇をまとめようとしてるんだけど、どう書けばいいのか難しいです。まとめると、含みを持たせたような部分がすべて割愛されそう。含みが無くなったら金枝篇らしくなくなる。困ったもんだ。

 というわけで、最初に、まとめると削られそうな含みを書いていきます。

 最初に、金枝篇の引用元について。
 金枝篇、少しでも読んだ人ならわかると思うんだけど、なんていうか、引用・つぎはぎの集大成です。カットアップとかマッシュアップみたいなものですかね。それこそ世界中の、古代から現代(19世紀まで)の事例を引用から成り立っています。この、「世界中」「古代から現代」の事例は、実際には3つに分けられるみたいです。
 一つ目は、イギリスからロシアまでの近現代ヨーロッパのフォークロア。キリスト教以前の形をとどめた儀礼や民間信仰・伝承が述べられているそうです。近現代と入っても、「文字が読めない人たちの伝承」が前提です。そういう人たちの数千年缶の変化は、文字が読める人たちの数世代の変化よりも少ないそうです。
 二つ目は、古代ギリシャ・ローマの文章。フレイザーは「アーリヤ民族」にこだわっている様に見えますが、古代ギリシャ・ローマの文献に書かれているのは、東側の地中海世界、エジプトやシリアや現トルコやギリシャです。原始キリスト教・初期のキリスト教が広る土壌となった世界ですかね。
 三つ目は、それ以外のすべてです。大航海時代以降の、宣教師・軍人・官吏・旅行者の記録。基本的には非キリスト教世界のはずです。
 つまり、三つの事例の全てが「非キリスト教世界」で、「非キリスト教世界」の事例を元に、「非キリスト教世界」であったローマ(ネミの森)の儀礼を説明しようとしています。

 次に、二章の終わりにある、「論文の結論」らしき文章について。
 以前のエントリ、初版金枝篇 第二章 第三節 王と司祭のタブー でも触れたけれども、金枝篇では、なぜか最終章、二章の終わりではなく、二章の終わりに結論らしきものがあります。その中の以下の文章は何を述べてるんですかね。
「結局のところ、われわれと蛮人との類似点は、相違点よりもはるかに多いのだ。そしてわれわれが蛮人と共通に抱いているもの、真実かつ有益なものとして我々が大切に保持しているものを、われわれはわれわれの蛮人の父祖たちに負っているのである。」「われわれはその概念を独創的で直感的なものとみなしがちなのである」「当面の所有者はこの遺産を、世の初めから自分の民族が所有していた、独創的で普遍なものとみなす。」(すべて、276ページ)
 「世の初めから自分の民族が所有」ってあたりを考えれば、「進化論的な考え方」「科学的な思考」ではないんでしょう、たぶん。
 「キリスト教のなかの話は、地中海世界やアーリア人、あるいは世界中にある概念と同じもの、引き継いだものだ」ってことを述べるために、これだけ遠まわしに慎重に記述している点が19世紀イギリスを考える上でのポイントですかね。

 最後に、「神話は儀礼よりも後に作られる」、というような意味の記述について。
 具体的に何回かかれているかは覚えていないけど、何回か書かれています。別の箇所では、「ワインは赤い液体であり血とみなす」だとか、「神の体を食べる」などの記述が、少々わざとらしいくらいに書かれています。先にアーリア人や地中海世界に広く分布する儀礼があって、その概念がキリスト教に入り込み、地中海世界はキリスト教によって統一された、ってところでしょうか。ちなみに「神話は儀礼から派生した」としたのはロバートソン・スミスっていう、フレイザーの同僚だか先輩だか上司だか、忘れたけど、そういう人です。初版金枝篇のあとがきによると、フレイザーより敬虔なキリスト教徒だったとか。穿った見方を知ると、「おいらはアンタの主張を継承させてるんだよ。安易な批判はしないでね!」って牽制したんですかね。

※なんか昨晩送信失敗して一部消えた。

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